7777Get、naoさんへ捧げます。
Keep The Faith番外編
 
恋待ちの君◆1

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【side:H】

「日崎先輩」

 月に一度の委員会へ行く途中、声を掛けられた。振り返ると、三週間前からつきあっている、二年の立花が立っていた。思いつめた顔と、強張った肩に、何の用かなんとなくわかった。
 またか……。
 自然に苦笑が浮かんだけれど、いつものように彼女の手を握って、廊下の端まで歩く。人気の無い階段下のスペースまで行くと、立花は泣きそうな顔をして、僕を見上げた。
「私……先輩のことが好きです」
「うん」
「でも、一緒にいてもすごく緊張するし、先輩も楽しそうじゃないし、お別れした方が……いいと思って。先輩のせいじゃないです。ただ、なんだか側に居ても、ツライから」
 その目がじわりと潤むのを見ていた。贔屓目抜きにして、その顔は可愛い。大きな目に、無邪気な笑顔。僕の肩までしかないくらい背が小さくて、抱きしめると、ちょうど腕に収まって。
『好きです』と言われて、それまで名前も知らなかったけれど、つきあうことにした。
 その相手に、別れ話を切り出されて、仕方ないと思うあたり、僕は執着が薄いのかもしれない。

「うん、わかった。ごめん、ちゃんとつきあえなくて」
 そう答えて軽く彼女の頭を撫でた。
「全然です。少しの間だったけど、先輩の彼女でいられて、すごく嬉しかった!」
 涙が零れる寸前、彼女は僕にキスをして、走り去っていった。ぱたぱたと廊下を走っていく足音が遠ざかる。
 ひとつ溜息をついて、僕は会議室へと足を向けた。


【side:S】

 会議室へ少しずつ生徒が集まってきた。読んでいた本から視線をずらして、腕時計を見る。会議開始5分前。
 何やってるんだろう、彼は。相談があるから、15分前に来てくれって言ってたのに。
 時間を守らないヤツじゃないのにな。
 
 空いたままの隣の席を見た。月に一度の委員長会議。各クラスから、委員長か副委員長が出席する決まり。ウチのクラスの委員長は、野球部主将で、夏真っ盛りの今の時期は、クラスの仕事はそっちのけで部活に勤しんでいるので、一学期は全部副委員長の私が出席。まあ、最初からわかってたから、いいんだけど。

 再び本を読み始めて、しばらくすると、隣の椅子が引かれた。
「悪い、沢渡。呼び出しておいて遅れた」
 小声で謝ってきたのは、隣のクラスの委員長、日崎和人。
 ぱっと見、体格がよくて体育会系に見えるんだけど、運動部じゃないし、話すと結構親しみ易い。去年の文化祭で、同じクラスの音楽仲間とアコースティックライブをして、それ以来何気に人気者だ。
 あれには、委員会で知り合いだった私も、びっくりしたもんね。ピアノ弾いてるときの彼は、本当に格好よかった。弾き語りでエルトン・ジョンの「Your Song」。下級生にモテまくってるのも納得するよ。

「本読んでたから、別にいいけど。相談は、もういいの?」
 本を閉じながら問い掛けると、彼は少し寂しそうに笑った。
「もうよくなった。せっかく沢渡、早く来てくれたのにな」
「――― もしかして、記録更新?」
 皮肉を込めた私の言葉に、彼は溜息で答えた。
「更新……今回は、罵られたりしなかったけど。
 これでフラれたの五回目。しかも、全部向こうから告白してきたのに。何がいけないんだろうな」
 何がいけないんだろうって……まだわかんないのか、この男。

 去年の文化祭からこっち、告白されて、つきあい始めて、一ヶ月以内に別れを切り出されるのが、彼のパターン。五回も繰り返されれば、自分に原因があるってわかりそうなものだけど。
 私は赤いフレームの眼鏡を人差し指で持ち上げ、周囲の子に聞こえないように、小さな声で囁いた。
「知らない子に告白されて、嬉しくて全部受けるからそうなるのよ。相手のことを好きじゃなきゃ、つきあっても意味ないでしょう?」
「――― 好きだよ。可愛いなって思うし、隣にいると楽しいし」
 いや、楽しいだけとかって、恋愛感情と違う気がするんですけど。

「上手くいかないのはね、日崎君と彼女たちの間に、ギャップがあるからだよ。
 相手は、もう思いが育っちゃってるのね。芽が出て双葉が開くどころじゃなく、もう大きな花まで咲いてるわけよ。でも、日崎君は、相手の名前も知らないとこから始まる……種蒔いたぐらいよ、レベル的に。
 君の気持ちが育つまで待てるほど、大人じゃないんだよ、皆。
 そうやって、いい加減なつきあいばっかりしてると、本当の恋が逃げちゃうよ?」
 呆れて言うと、彼は腕組みして目を閉じた。
「……そうやって考えたら、お互いが相手を好きで、何かのきっかけで両思いになるなんて、奇跡じゃないか? 何でみんな、あんなに簡単に彼女できるんだろうな」
「簡単じゃないと思うよ。表面に出さないだけで、みんないろいろ悩んでるんじゃない?」
 彼はしばらく考えていたけれど、急に目を開けて、私の顔をじっと見た。
 情けないことに、少し動揺してしまう。彼は、伊達にモテるわけじゃないのだ。真顔のときは、友人の私でもドキッとしてしまうほど、男らしい。
「さすが沢渡。学年一の才女だけあるよ、分析上手いよな。
 何でそんなに恋愛ごとに詳しいんだ?」
 私は手にもっていた本の表紙を彼に見せた。源氏物語、第二巻。
「先達の意見を知っているからよ。
 千年の昔から、男も女も恋焦がれてるんだもの、少しは賢くならなきゃ」
 光源氏の君と、幾人もの女性の恋絵巻。読むだけで、私を恋愛の幻想へと誘う。

 でも、私の意見は、全部バ―チャル。まだ、恋をしたことがない。
 学年一の才媛と言われる。仲良しの女友達もいるし、先生の信頼も厚い。
 でも、こんな視力が悪くて、乱視も入ってて、キツい眼鏡に地味な外見。おまけに討論で負け知らずの気の強さ。こんなプライドばっかり高い女を、好きになってくれる人なんていない。

 生徒会長の号令で、3分遅れで会議が始まった。
 手帳を開きながら、私は隣の彼を少し見上げた。
 たくさんの人に好かれているのに、彼もきっと、恋を知らない―――。

03.07.29

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