7777Get、naoさんへ捧げます。
Keep The Faith番外編
 
恋待ちの君◆2

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【side:H】

 会議終了後、さっさと席を立とうとする沢渡を呼びとめた。
「何?」
 眼鏡越しの視線は、相変わらず有無を言わせない強さを持っている。一年のときから知ってるけど、本当に変わらない。成績も、外見も。ぎゅってひとまとめにしている髪を下ろせば、もう少し女らしくなるのにな。そうしないとこが、らしいんだけど。

「沢渡、古典のプロフェッショナルだよな。源氏物語、それ以外にも読んだことある?」
 彼女が手に持ったままの本を指差して尋ねると、不思議そうに首を傾げた。
「あるよ。これも二回目だし。どうして?」
「小学生でも読めるようなの、知ってるかな。妹が読みたいって言ってるんだ」
 理由を話すと、ああ、鈴子ちゃんね、と彼女の顔がほころんだ。

 僕の妹は、鈴子という。今は、小学校5年生だ。根っからの本好きで、今も活字中毒まっしぐら。兄としては、もっと他に興味を持って欲しいけど、体が弱くて走り回って遊べないから、強くは言えない。
 以前、本好きの沢渡に、誕生日プレゼントの相談をしたときに、「シャーロック・ホームズ全集」を薦められたことがある。両親と一緒に、鈴子にプレゼントしたけど、ものすごい喜び方だった。

「源氏物語は、長い上に、人物多いよ。
 読みやすさで言えば、田辺聖子の『私本・源氏物語』かな。文庫本で出てるから軽いし。ただし、明石までしか入ってない」
 明石まで、と言われても、それが物語のどのへんかわからない。
「図書館行っても、源氏物語関連の本って、多すぎて、悩んでるんだ」
「私の持ってる本でよければ、何冊か貸すけど」
「いや、それは悪い。結構何度も読みたがるから、返すの遅くなるし」
 会議室には、もう誰も残っていなかった。昼休み終了の予鈴が鳴ったのを合図に、僕と沢渡は会議室を出た。
「今度鈴子ちゃん連れて、図書館に一緒に行く? 私も一回話してみたかったし。そうしたら、源氏以外のオススメ本も、一緒に探せる」
「……そうしてくれると、非常に助かる。でも、夏休み忙しいだろ、沢渡」
「それはお互いさまなんじゃない? 補習も予備校もあるしね。
 図書館は、よく行くから、全然大丈夫」
 にこっと笑う沢渡に甘えることにして、並んで廊下を歩く。教室まで戻ると、廊下に同じクラスの井上達也がいた。彼女の合田美弥さんと一緒だ。
 井上は、去年の文化祭で一緒にライブをやったメンバーの一人。長身でハスキーボイス。彼の掠れた歌声は、アコースティックによく合う。ライブ後はかなりモテたらしいけど、一年の時から合田さん一筋だ。ちなみに、合田さんは沢渡と同じクラスで、二人は結構仲がいい。

 井上が、僕たちに気付いて、ニヤッと笑った。
「沢渡、期末リベンジ頑張れよ!」
 僕の隣で、沢渡が怒りのオーラを漂わせ始めた。あーあ、全くこの二人は。
「井上こそ、せいぜい苦手な古典頑張りなさいよ。次は私が頂くけれど?」
 キッと井上を睨んで、沢渡は自分のクラスに入って行った。僕は溜息をついて井上を見上げる。
「井上、あんまり沢渡に突っかかるなよ」
「ライバルがいるから張り合いがあるんだ。沢渡だって、俺に感謝してるよ。学習意欲の元だからな」
 偉そうに笑う井上の側で、合田さんも笑っている。
 井上と沢渡は、入学以来、首席を巡って対立中だ。だいたい、沢渡が一位で井上が二位。前回の中間テストで、久しぶりに井上が一位だったから、沢渡は悔しくて仕方がないらしい。学年二位も、十分すごいと思うけどな。

 チャイムが鳴ったので、慌てて教室に戻った。ふと窓の外を見れば、楠木の葉から漏れる木漏れ日が綺麗だった。
 耳に響く、セミの声。
 夏休み直前に彼女にフラれて―――結構、寂しいよな。
 この夏は、僕も勉強に勤しもう。受験生だし、それがいいかもしれない。


【side:S】

 夏休みに入ってすぐ、私と日崎君は補習帰りに図書館へ向かった。彼の妹とは、図書館で待ち合わせ。

「沢渡、これが妹の鈴子。こっちが友だちの辻」
 小学校5年生だという彼の妹は、想像よりずっと小さかった。
「日崎鈴子です。こんにちは」
 にっこり笑う顔は、あどけなくて可愛らしい。私は、その隣に立っている、よく日に焼けた子が気になった。私と同じくらいの身長だけれど、ランドセルを背負っているから、鈴子ちゃんと同じ年かな。
「鈴子ちゃんの彼氏?」
 私が笑いながら言うと、日崎君が吹きだした。堪えきれない、というように、声を殺して笑っている。

「……何笑ってんの、和人さん」
 私が何か言うより早く、その少年が冷たい声を出した。高い澄んだ声。帽子を取ると、サラサラの短い髪がよく似合う、綺麗な顔立ちをしていた。
 わ、この子、女の子だ!
「ごめん、中性的だったから、つい男の子だと思って」
「いいです。よく間違われるし。
 はじめまして、辻真咲といいます」
 ぺこりと頭を下げると、そこだけ焼けていない項が白かった。なんだか艶かしい。二次成長期のときって、危なっかしい色気がある気がする。
「こちらこそ、はじめまして。沢渡茜です。よく焼けてるね」
「陸上やってるから」
 私と辻ちゃんが話している間も、日崎君はまだ笑い続けていた。
「ちょっと、日崎君……何しにきたのよ。本探すんでしょ?」
 睨み付けると、ようやく笑うのを止めて、こっちを向いた。笑いすぎて涙が滲んでいる。

「茜さんは、お兄ちゃんの彼女ですか?」
 鈴子ちゃんが、好奇心丸出しで聞いてきたので焦った。私も聞いたけどね、でも、やっぱり困るよ、こういう質問!
 すぐに答えられない私の横で、日崎君は、
「こんなイイ子が、俺の彼女になってくれるわけないだろ。
 忙しいのに、お前らの為に時間割いてくれたんだからな。感謝しろよ?」
 と、軽く言い放った。私は思わず、彼の横顔を見つめてしまった。なんでもない言葉に反応する自分が悲しい。

「ん? どうかした、沢渡」
「……別に」
 私が首を振ると、日崎君は少し不思議そうな顔をしたけれど、そのまま彼女たちを連れて図書館へ入っていった。私も後に続く。
 静かにするんだよ、と妹に言い聞かせている彼の背中を、じっと見ていた。

 なんとなくわかってしまった、今まで、彼とつきあってきた子の気持ち。
 
 彼には、いつも余裕があるんだ。誰にでも優しいし、人を傷つけない言葉を選ぶことができる余裕。でも普通、好きな人といるときに、平常心でいられるだろうか。
 いざつきあい始めても、優しいだけ。そこに情熱はないのだと、わかってしまう。彼はいつもと同じだから。下手に優しいからこそ、自分は『特別』ではないのだと、余計に思い知る……だから、それが辛くて別れるんじゃないかな。そんな気がした。


03.07.29

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