日向の言葉は、神代の心を一気に冷やした。
「何言ってるの」
『どうして素直に認めないの。いいじゃない、彼は綾のこと好きなんでしょう? 両想いよ』
「違うってば!」
神代の厳しい声に、日向が息を呑んだのがわかった。神代は体を起こし、乱暴に涙を拭うと、乱れた髪を掻きあげた。自分を落ち着けるように目を閉じ、深く息を吐いた。
『 ――― どうして、そこまで否定するのよ……?』
「現状で満足なの。ここで日崎に頼りたくない」
『今更? アンタね……本当は、わかってるんでしょう。自覚してるんでしょう?』
「そうね、今更よ。今更、好きになってどうするのよ。私は何度も日崎を傷つけた。松波さんも傷つけた」
それだけではない。紗恵のことも、斎藤のことも。そして自分の両親も。
「……駄目よ」
松波への気持ちはどうなる。あれほど……苦しいぐらいに、好きで好きでたまらなかったのに、こんなに簡単に他の誰かを愛せるものなのか。松波を裏切ったことにならないか。また誰かを傷つけることにならないだろうか。
(私は ――― たくさんの人を傷つけて、巻き込んで、ここまで来た。今更愛する人を得て幸せになるなんて、許されるわけない)
神代の中に知らぬうちに積み重なった罪悪感は、明確な形になっていた。
『何が駄目なの、いつまで殻に閉じこもってるつもり? そんなの、贖罪でも何でもないわ。誰もあなたを責めてないのに』
神代は何も答えられなかった。松波紗恵の静かな声が、脳裏に蘇る。
――― 私がいなかったら、松波と綾ちゃんは幸せになれるのかしら。
(紗恵さんじゃない。消えなければいけないのは……私なんだ)
神代はうなだれて、携帯電話の電源を切った。
日崎があんまり優しいから、甘い夢を見た。彼をも騙しているというのに、何を浮かれていたのだろう。何を当然のように頼りきっていたのだろう。嘘ばかりのくせに。
なぜこんなに涙が出るのだろう。
神代は両手で顔を覆うと、ほんの少しだけ泣いた。隣の部屋の日崎に気付かれないように、声を殺して、泣いた。