Keep The Faith
最終話 ◆ きっと愛してる(6)
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「何回も和人君の携帯に電話したけど、繋がらなかったから、学校に電話して病院の名前を教えてもらったの。で、空港から直接タクシーで来ました。
 矢野君、お久しぶりね」
 点滴室から待合室に場所を移し、男二人と女一人は向かいあって座っていた。
「真琴さん、どこにいたんですか。メール送ったの13時頃でしたよ」
「上海にいたの。元々、夜の便で帰国しようかな、と思ってたから、ボスに事情話して、お昼からフリーにして頂いたのよ」
 上海から日本までは、飛行機で三時間。時差は一時間しかない。確かにニューヨークから飛んでくることを思えば、近いものだ。
 真琴は、じーっと矢野と日崎を見た。好奇心に輝いた瞳は、辻とよく似ていた。

「それで、どっちがあの子の恋人なのかしら?」
 その艶やかな唇からこぼれた言葉は、二人の男を動揺させるのに十分な力を持っていた。矢野は日崎に視線を送り、日崎も「知りません、言ってないです」と言わんばかりに目を泳がせた。
「わかった、矢野君ね」
 硬直する二人のことなど意に介さず、真琴はニコニコと笑っていた。
「お二人とも、これからも真咲をよろしくお願いしますね」
 頭を下げられ、矢野も日崎も慌てて膝に手を置き、礼を返した。

 辻は、念のため明日の学校を休ませることになったが、矢野としては、その方が安心だった。日崎は仕事に戻らなければならず、矢野が辻親子を送り届けることになった。
 二人を病院に待たせたまま、一度学校に戻り、辻の担任に問題無かった旨を伝えると、音楽準備室に置いてあった荷物を手に、再び病院へ向かった。後部座席に親子二人を乗せ、矢野はいつもより丁寧に運転して、日崎のマンションへと走った。
 辻は帰宅すると早々に自室のベッドで眠ってしまった。寝つくまで側に居た真琴は、娘の寝顔をそっと撫でると、額にキスをしてリビングに戻った。矢野が、勝手知ったる台所でコーヒーを煎れ、二つのカップに注いでいた。

 矢野と真琴が顔を合わせるのは、実に三年ぶりだった。
「寝ましたか?」
「ええ、睡眠不足と疲れも重なったみたいね。ぐっすり寝てるわ」
 柔らかい真琴の声は、愛しさを滲ませていた。仕事の格好をしているけれど、母親の顔をしている。矢野はコーヒーカップを真琴の前に置くと、自分も向かいに腰を下ろした。コーヒーを一口啜って、口を開く。
「その ――― どうしてわかったんですか、辻の彼氏が俺と日崎のどちらかだって」
 真琴は、ああ、と小さく言って、自分の隣に置いてあるバッグを見た。ノートパソコンが入っている。
「先週、真咲からメールもらったのよ。恋人ができました、って。『ママの知ってる人よ、今度帰国したときに教えてあげる』って書いてあったから、これは和人君が矢野君のどちらかだと予想していたの」
 矢野は病院から抱いていた疑問を口にした。
「 ――― 北沢は? アイツは除外ですか」
 真琴はコーヒーカップをソーサーに戻し、落ち着いた動作で足を組んで、微笑んだ。
「当然。真咲と北沢が恋人同士になるなんて、ありえないもの」
(ありえない? なぜ)
 矢野の疑問は素直に顔に出ていて、真琴は苦笑した。
「キミ、もしかして北沢に嫉妬したの?
 あの子たちが、どうしてあれだけ仲がいいのか、和人君もキミも……わからないの?」
 意味深な言葉に、矢野はあっけなく降参した。プライドを捨てても、真相があるのなら、知りたい。
「わかりません」
 きっぱりと答えた矢野に、真琴は軽く頷いた。頬にかかっていた髪が柔らかく揺れる。
「真咲も北沢も、あれからずっと、お互いを鈴ちゃんのポジションに置いてるのよ。
 北沢が真咲に恋愛感情を抱いても、あの子が北沢をそういう意味で好きになることは、今のところないの。北沢が、強引に真咲を自分のものにすることもないわ。それは、真咲を失うことを意味するから」
 それを聞いて、矢野は一瞬言葉を失った。
 辻にとっての、そして北沢にとっての『日崎鈴子』を、矢野は知らない。辻と鈴子を見るたびに、仲の良い子供たちだと、思っていた。所詮、友人の妹のこと、それほど興味もなかったのだ。北沢に至っては、事故の後、辻が入院していた病院で会ったことしか記憶にない。辻と再会したとき、既に彼は当然のように、辻の隣にいた。
「でも……辻と北沢は、元々友達だったと聞いてます。あの事故を乗り越えることで、一層仲良くなっただけではないんですか?」
「 ――― 乗り越えられていないから、ずっと一緒にいるんじゃないかしら」
 真琴は哀しみを含んだ声でそう言うと、ぎゅっと両手の指を組んだ。まるで祈りを捧げるように。

「事故のあと、私は鈴ちゃんが亡くなったことを、あの子に言えなかった。どう伝えればいいのかわからなかったし、告げたことで、あの子がショックを受けて、体にまで影響が出ると思ったから。
 ――― 伝えたのは、北沢よ。病室で、幼い子供みたいに抱き合って泣いてたあの子たちの姿は、まだ目に焼きついてる……」
 矢野は黙って、真琴の言葉を聞いていた。自分は、大きな勘違いをしていたのではないか。そんな恐れを抱きながら。
「知っているかしら、真咲、事故前後の記憶が無いのよ。事故の瞬間も、自分があのショッピングセンターに行ったことも、鈴ちゃんがその日一緒にいたことも……何もかも、記憶から消えてしまっている。
 退院したあの子が、図書館へ連れて行ってって言ったとき、私は思い出を確かめたいんだと思った。でも、違った。事故の翌日の新聞をプリントしてきたの。あの事故の記事に、鈴ちゃんと自分の名前が入っているのを、じっと見ていたわ。信じられなかったから、確認したかったのね……鈴ちゃんがいないのは、現実だって。
 今でも、あの子はどこかで信じきれていないのかもしれない、鈴ちゃんはまだいるんだって、思ってるのかもしれない。真咲の中で、鈴ちゃんは忽然と姿を消しただけなの。さっきまで一緒にいたのに、目が覚めてみたら、自分は怪我だらけで、鈴ちゃんは消えてた。事故の記憶もない、遺体も見ていない、葬儀にも出られなかった……。
 だから、北沢の側にいるのよ。北沢を見る度に、鈴ちゃんが生きてた過去を思い出して、鈴ちゃんの死を思い知って、そうして現在を認識してるんだわ。
 まだ十四だったのよ、二人とも。友達を無くして、とてもとても辛かったでしょうね」

(でも、私は働かなきゃいけなかった。裁判所や警察にも行かなきゃならなかった。真咲を一人にする時間が多くて、心苦しかったけれど……北沢が来てくれるから、安心していた)
 過去を思い出しながら、真琴は言葉を続けた。過去は形を変えて、現在へ影を落とす。
「北沢は大人びていたから、まだ中学に通ってる子供なんだって忘れていた。彼は真咲を支えることで、自分も支えていたの……真咲もそうよ、鈴ちゃんがいなくなって、ぽっかり空いた穴は、北沢が埋めてくれた。きっと必死だったでしょうね。お互いを失ったら、もう立つこともできないくらいに。
 今でも、あの子たちは、お互いが側にいることで支えあっている。なのに、お互いが一緒にいる限り、事故の記憶は風化しないの。皮肉よね。
 私は、あの子が北沢と恋人同士になればいいのに、と思っていたわ。北沢を異性として見られるようになったとき、真咲はようやく過去を振り返ることができるんだと……そう思うから」
 真琴は組んでいた指を解くと、冷めてしまったコーヒーを飲み干した。矢野は、眼鏡を掛けなおし、細く長く、震える息を吐いた。
(何を見ていたんだ ――― 俺は)
「でも今日、あなたと真咲を見て、安心したの。あなたを見ているあの子の顔が、本当に嬉しそうだったから」
 真琴に笑いかけられ、矢野も弱々しく微笑み返した。
「俺は……何も考えていませんでした。ただ、北沢と辻があまりにも仲がいいのが、嫌だった。辻本人にも、距離を置くように言いました。
 アイツが北沢と離れることで、どんなに苦しむかなんて、知らずに」
 恋人のフリをしている時、辻と北沢の仲のよさに誰もそれを疑いはしなかった。矢野ですら騙された。
 かつての辻と鈴子の距離が、今の辻と北沢の距離。
「俺は、勘違いを……していた」

 辻に同世代の女友達が出来ないのは、周囲が辻に対して一線引いているからだと思っていた。北沢のガードが固いせいだと思っていた。今側にいる人間以外に心を開こうとしないのは、日崎が過保護だからだと思っていた。
 ――― 頑ななのは、辻真咲自身。黒髪をなびかせ、背筋をピンと伸ばして、くっきりとした二重の瞳で真っ直ぐに前を見据えて……強くて凛とした姿は、そうして張り詰めていないと、過去に捕らわれてしまうから。振り返る強さが無い故の、強がり。
 誰かを失うのが怖くて、これ以上深くつながる人間を作らないように。
「帰って、ゆっくり考えます。辻には、もっと……広い世界がある。俺に何ができるのかわかりませんが、アイツの側にいたいと思います」
 矢野は、真琴に向かってゆっくりと頭を下げた。顔を上げると、真琴の優しい眼差しとぶつかった。
「帰る前に、顔だけ見てもいいですか」
「どうぞ、私に許可を取ることないわ」
 矢野は静かに立ち上がり、辻の部屋のドアを開けた。



 辻の部屋は、暮れかけた太陽の光で、ぼんやりと明るかった。
 矢野は、ベッドサイドに腰を下ろして、すやすやと眠る恋人の髪を撫でた。汗も引いて、呼吸も安定している。
(もう、大丈夫そうだな)
 体を傾けて、そうっと触れるだけのキスを唇に落とした。名残惜しく、額にも口づけて離れようとしたとき、辻の瞼がゆっくり持ち上がった。至近距離で目が合う。辻の両腕が矢野の首に回され、優しく矢野を引き寄せる。横たわった辻に抱きしめられて、矢野は負担にならないよう、肘で体を支えた。
「矢野さん、ママと何話してたの?」
 小さな声で問われて、矢野は驚いた。
「お前、起きてたのか?」
「さっき目が覚めたの。よく聞こえなかったけど、話し声がしたから」
 真琴がリビングにいるので、二人はひそひそと小声で会話を交わした。
「 ――― 真咲をよろしくお願いします、って言われたよ。これで親も公認だな」
 矢野が笑うと、辻もにこっと笑った。額をくっつけて、指でお互いの頬をなぞる。

「……もう帰っちゃうの?」
「ああ。明日も仕事あるし、お前体調悪いから。
 明後日学校で会えるよ。夏休み前で半日授業だし、どっかメシ美味いとこ、連れていってやる」
 うん、と頷いた後、辻は思いつめた目で矢野を見つめた。
「何?」
「……話したいことが、あるの」
「今日はやめとけ。元気になってからな」
「矢野さんとちゃんと話さないと、元気になれないもの。だから、聞いて?」
 切羽詰った物言いに、矢野も改まった。体を離すと、辻が上半身を起こした。二人はじっと、見つめあった。
「私、愛情の種類は決まってるのかな、って考えてた。恋人と友達の差とか、定義付けることに何の意味があるんだろう、って。感情は、流動的なものなのに。
 北沢と私は、同じ痛みを共有してる。あのときから、ずっと。それは、和人さんも、矢野さんも、誰にも理解できないかもしれない。一線を引いてつきあうって、どうすればいいのかわからない。会うのも話すのもダメなの? じゃあ、私が学校で、不意に隣に誰もいないって思って怖くなったとき、矢野さんが側に来てくれるの?
 北沢は、嫌がる私に何かしたりしないよ、絶対。矢野さんが、北沢を信用できないっていうなら、変わりに私を信用して。それならできるでしょう」
 すがるような眼差しで、辻が語った内容は、さっきの真琴の言葉を肯定するものだった。

(お前は、いつになったら ――― あの過去から、鈴ちゃんの影から……離れられるんだろう?)

 唇を噛んで、矢野はぎゅっと辻を抱きしめた。
「お前を信用する。ただ、覚えておいて欲しいんだ。
 ――― 過去に縛られるな。一人じゃ何も出来ないなんて、考えるな。
 お前は一人でも歩ける。それだけの力があるよ。北沢が側にいなくても、俺や日崎が見ていなくても、お前は大丈夫だ。それを知ってるけど、お前が好きだから、みんな側にいるんだよ。
 もう、自分で自分を縛るのは止めろ。誰かに頼らなくても、もう大丈夫だから。傷ついても、また立てるんだよ、人間は。鈴子ちゃんの替わりはどこにもいない。でも、今からお前を好きになる人も、たくさんいるんだ。
 お前、走れるようになったじゃないか、バスケのとき、ジゃンプしてたよな? また跳べるよ、辻。時間は、何もかも癒すんだから。
 俺は、辻が頼りないから、側にいるんじゃない。誰かの替わりに、お前を好きになったんじゃない。
 ただ、お前が愛しいから……側にいるんだ」
 消えそうな声で囁くと、腕の中の辻が大きく震えた。
「……好きって、言って?」
「好きだよ。辻が、好きだ。
 お前について、知らないこともたくさんあるけど、それはこれからのことだからな」
 優しく降ってくる言葉。
 辻は矢野の胸に顔を埋めて、ぎゅうっと抱きついた。涙が出そうだったけれど、それはきっと ――― あまりにも、嬉しいから。矢野が愛しいから。
 私も好き、と伝えたかったけれど、口を開くと泣き声が漏れそうで、辻は矢野の背中に回した腕に、ただ力をこめた。



 夜も更けてから帰宅した日崎は、リビングに真琴一人しかいなかったので驚いた。駐車場に矢野の車がまだあったのに、彼の姿がない。
「真琴さん、矢野さんは?」
 真琴はそっと唇に指を当てて、辻の部屋を指差した。
「恋人たちは、語らい中よ」
 一瞬、不埒な想像をした日崎だが、あまりにも辻の部屋が静かなので、安堵の息を吐いた。真琴はにこにこと笑っている。
「なんてね、辻の手を握ったまま、矢野君も眠っちゃったの。そのままにしてるわ。彼、ここに泊まったらマズいかしら」
 日崎は苦笑しながら首を振った。
「いえ、よくあることですから」
 荷物を自室に置きに行って、日崎はそっと辻の部屋を覗いた。きちんと布団に入って眠る辻の手を握ったまま、矢野が今にも落ちそうなベッドの端で、布団の上から添い寝していた。
「……仕方のない二人だな」
 つぶやいた日崎の顔は、言葉とは裏腹に笑っていた。



 辻は一日だけ学校を休み、木曜はいつも通りに登校した。
 駅から学校へ向かう緩やかな坂道。新緑が優しい影を作る道を、同じ制服の生徒に混じって歩いていると、自転車に乗った北沢が後ろから来て並んだ。
「おはよう、辻」
 いつものように、自転車から降りて、隣を歩く。
 辻の頬に貼られた絆創膏を見て、北沢の顔が曇った。
「……傷になってんのか?」
「もう目立たないよ。かさぶたになってるから、触らないようにと思って」
 辻が歩くたび、小さく、ちりりんと音がした。北沢は、辻のカバンの横ポケットで揺れているストラップを見つけた。
「え、携帯持ってきたのか? あんなに嫌がってたのに」
「うん。
 あのね、私、いつでもどこでも掛かってくるのがイヤで、持ち歩かなかったの。監視されてるみたいな気がして。携帯のマナー悪い人もたくさんいるし。でも、使う人によるんだよね、結局。
 だから、自分で使ってみて、合わなかったらやめようと思って。便利だったら、そのまま持っていようかな、と思ったの。先入観で否定するの、止めようと思って」
 辻が澄んだ瞳を輝かしてしゃべるのを、北沢はじっと見ていた。
「……本音は、矢野さんと連絡とるのに便利だから?」
「それもあります」
 確信犯的にニヤリと笑う辻を見て、北沢は肩をすくめた。
「あとね、今日、三者面談にママが来るの」
「真琴さんが?」
「うん。和人さんが来る予定だったんだけど、偶然ママが帰国してるから。北沢に会うの、楽しみにしてたよ。
 でね、よかったら、今日の夜、食事に行かない? メンバーはね、私とママと、北沢と、和人さんと矢野さん。予定空いてる?」
「空いてる。喜んで」
「よかった、じゃあ、また帰りに時間決めようね」

 二人は並んで校門を潜った。おはようございます、と擦れ違う教師に挨拶しながら、一度駐輪場へ行って北沢の自転車を置き、教室へ向かう。矢野と佐々木が歩いてくるのが見えたので、辻は足を止めた。
「おはようございます」
 黒髪を肩から滑らせてぺこりと礼をする辻に、佐々木が近づく。
「おはよー、辻。
 あーあ、綺麗な顔にバンソーコー貼って。どうしたの?」
「ええ、バカな猫に引っかかれちゃって。大したことないですから」
 平然と言い放つ辻に、真相を知る矢野と北沢は複雑な表情で顔を見合わせた。女は怖い。
 佐々木と辻から少し離れて、北沢と矢野は小さな声で話始めた。
「北沢さ、クラスマッチのとき『今は見ているしかないけど、隙があれば辻を奪う』って言ったよな?」
「ええ」
 佐々木が辻の髪を結いなおしているのを見つつ、北沢は頷いた。
「状況は変わったよ。あいつは誰のものでもない。自分で歩けるようになったんだ。
 でもって、継続して俺の恋人だから」
 矢野の言葉に深い意味を感じて、北沢はその顔を窺ったが、矢野はじっと辻を見ているだけだった。
「別に、構いませんよ。俺も、辻の側にいるだけです」
 吐息した北沢の言葉に、矢野は何も言い返さなかった。

 予鈴が鳴って、辻と北沢は慌てて校舎へと走っていく。
「また後で!」
 矢野が小声で言って手を振ると、振り返った辻がふわりと微笑んで、手を振った。見送りながら、矢野はふと真顔になった。
(……それにしても、北沢だよなぁ。
 もしかしなくても、鈴ちゃんと同レベルの親友なんて、元カレよりずっと性質悪いんじゃないか?)
 今更気付いても遅いのだが、矢野は改めて、厄介な女を好きになったものだ、と思わざるを得なかった。
 佐々木が隣に立って、同じように立ち去った辻と北沢を見ていた。
「面白くないな。ヤノッチ、今日は北沢に嫉妬しないの」
 意地悪い視線で、佐々木が矢野を見上げた。矢野は余裕の笑みを浮かべる。
「なんだかんだ言って、俺、辻に愛されてるからね。北沢が入り込む余地はないよ。
 さー、夏休みだな! 辻との初旅行はどこにしようかな」
「エロ教師」
「愛情が溢れている、と言ってくれ」
 軽口を叩きながら、矢野と佐々木も職員室に向かった。玄関へ入る直前、佐々木は足を止めて、矢野の腕を引っ張った。
「ん、何? 千代ちゃん」
 佐々木は無言で空を指差した。真っ青な青空に、一筋の飛行機雲が伸びていく。
 真っ直ぐに、美しく、伸びていく真っ白な線。
( ――― お前は誰にも流されず、自分の信じた道を真っ直ぐに進め。
 側で、見てるから)

 ようやく過去を過去として見ることができるようになった恋人を思って、矢野は眼鏡を外し、高い空を見上げて微笑んだ。


(きっと愛してる/END)
03.07.20
〜Keep The Faith:1 END〜

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