逆転ロマンス
7■願いは。




 唯人が空港に着いたのは、予想より一時間ほど後だった。空港に入ってすぐに、電光掲示板で発着の遅れを確認するが、便名まで確認していなかったので、千代が出国しているのかいないのかわからなかった。駐車場から走ってきたので、息があがってしまった。
  国際線の出発ロビーの場所を確認して、エスカレーターに乗った。外の寒さとは大違いで、唯人は暑くなってダウンジャケットを脱いだ。たどりついた出発ロビーを見渡すけれど、行き交う人影の中で簡単に千代を見つけられそうになかった。
(飛行機は、飛んだんだろうか)
 カウンターで確認すると、すぐにわかった。
 ――既に、飛行機は離陸していた。予定より、45分遅れ。つい15分前に。

(……間に合わなかった。そんな、都合よく遅れるわけないけど、もしかしたら、って)
 何日か前に届いてた手紙。きっと千代は、唯人が知っていて来なかったと思ったに違いない。会えなかったことより、自分が来なかったことで傷ついたかもしれない。その方が気になった。追いかけて誤解を解きたいと思っても、相手は機上の人だ。生徒名簿に連絡先は載っていても、もうそこにいないとわかっている。
 しばらく落ち込んで座り込んでいた唯人だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。ふー、と大きく息を吐いて、ダウンジャケットを小脇に抱えたままエスカレーターに向う。駐車場は遠い。雪の中を歩いて行くことを思うと、更に気が滅入った。
 エスカレーターで一階ロビーまでおりていく。改めて見れば、慌しく動く人々のなか、いろいろな人間模様が見え隠れしていた。他人を見る余裕などなかったけれど、駅や空港ロビーほど、明確に別れと出会いが描かれる場所はないだろう。ずっと手をつないで座っている男女、母親からネームタグをつけてもらっている小学生、穏やかに旅行雑誌をめくっている老夫婦、公衆電話のところで泣いている少女。
(――え?)
 一階ロビーまではまだ遠い。小さな後姿しか見えない。垣間見える横顔もぼやけてはっきりとは見えない。
 まさか、と思ったとき、ポケットの中で携帯が震えた。

『――東郷、先生?』
 携帯電話の向こうから聞こえるのは、涙声。
「……うん。どうした、佐々木」
 唯人は、携帯電話を耳に当てたまま、足早にエスカレーターを降りた。前にいる人に頭を下げて、追い越す。
『手紙、届いた?』
「ちゃんと届いた。さっき読んだところ。見送りに行けなくて、ごめん」
『いい。どのみち、飛行機に乗らなかったから。
 私、先生を待ってた――もうこれで会えないなんて、信じられなくて』
 二階。黒いコートとブーツが見えた。大きなスーツケースを隣において、時々左手で涙を拭っているところまで、確認できた。
『ごめんなさい。お店に電話して、携帯の番号教えてもらった。やっぱり最後に会いたいんだ。わがままだって、わかってるけど』
 ぐす、と声の合間に泣き声が聞こえる。唯人は空いている右側を駆け下りた。最後の三段は飛び降りる。ロビー入り口近くの公衆電話まで、人を避けて走った。
「オレは、最後にするつもりはないよ」
 携帯電話にそう言って、通話を切った。すぐそこに、受話器に「先生?」と呼びかけている千代の姿。後ろから近づいて、受話器を置いた。
「もう会えないかと思った」
 息を乱したまま笑いかけると、千代は涙で濡れたままの目を大きく見開いて、ぎゅっと唯人に抱きついた。



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