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少年ロマンス
番外編/masquerade(3)

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【SIDE:Y】

「いらっしゃいませ」
 ドアベルの音に反射的に声を出す。改装して広くなった店内すら狭く思えるくらい、ハロウィン・ナイトは盛況だった。仮装することなんてまずないから、お客さんはそれぞれ趣向を凝らしている。なかには、ちょっと勘違いした格好の人もいるけれど(……常連の二人連れが、ダースベイダーとレイア姫のコスプレで来たのにはウケた)。
 子供や着ぐるみが目立つ。店員も二人、リスとパンダのぬいぐるみを着て、お菓子を配っていた。
 僕のピーターパンも恥ずかしいと思ったけど、あれよりはマシかも。レジに立つ姉さんは、年甲斐もなくアリスの格好。最初は、あのアリス服を僕に着ろと言ってきたから、何を考えてるのかわからない。もう少しで本当に着せられるところだった。肩幅が合わないから、結局は姉さんが着ることになったけれど、母と姉が本気で残念そうに肩を落としていたのが謎だ。あの人たちは、何を望んでいるんだろう……。

 厨房でミルクティーを待っていると、急に店内のざわめきが大きくなった。イルミネーションで飾られた店の前、車から降りてきた二人連れの客にみんなの視線が集まっている。
 二人とも、中世ヨーロッパの仮面舞踏会を思わせる仮面をつけていた。あの、目のとこだけ隠れるヤツ。
 でも、正体はすぐにわかった。姉さんが、招待していると言っていたけど、まさか本当に来るとは思わなかった。この店を改装するときにお世話になった、建築デザイナーの里中さん。最近、雑誌やテレビにも出ている。何せ外見が良すぎるのだ。
 淡い金髪のふわふわした髪と、鳶色の瞳。背が高くて、肩幅が広くて、どんな服も着こなしてしまう。ガラス越しに目が合ったので、ぺこりと頭を下げた。また今日はすごいな。漆黒のマントの下にちらりとフリルが見えた。鍔広の帽子は艶やかなベルベット。イメージ的には、三銃士?
 彼と一緒に入ってきた女性も負けてなかった。栗色の巻き毛が腰まである。垣間見えた横顔は透き通るみたいに白くて、マスクの奥で空色の瞳が店内を見渡していた。真っ白なファーボレロを脱ぐと、背中に小さな羽。水色のドレスはクラシカルで、ブーツの女の子が多いなか、華奢なミュールが可憐だった。
 里中さんと並ぶと、完全に別世界の住人だ。映画から抜け出してきたみたい。

「こんばんは、唯人君」
 里中さんは、店長である母さんに挨拶したあと、まっすぐ僕のところにきた。入り口でマントと帽子を預けてきたにしても、やっぱり仮装だ。フリルつきの白ブラウスと、黒いぴったりしたパンツ。編み上げブーツはかちりと脚のラインに沿っている。
「お久しぶりです……また目立つ格好で来ましたね。三銃士ですか?」
「いや、コンセプトはロミオとジュリエット。可愛いだろう、僕のジュリエットも」
 ああ、それで天使の羽か。レオナルド・ディカプリオとクレア・ディンズ主演の映画を思い出した。
 ――― ああ、ロミオ。あなたはなぜロミオなの?
 有名なセリフを脳裏に貼り付けたまま、里中さんのジュリエットを探すと、まだカフェの入り口に立ったままだった。姉さんと記念撮影をしている。いいのか、スタッフなのに! 職権乱用だ……と思ったら、母さんまで。いいのか、それで?
「綺麗な人ですね」
「うん。モデルやってる知り合い。あんまり日本語話せないから、返事なくても許してあげて」
 ひどく嬉しそうな里中さんの笑顔に首を傾げつつ、僕は「はい」と返事をして仕事に戻った。イベントが始まって一時間しか経ってないのに、ケーキは何種類か売り切れになってしまっている。飲み物の注文も多くて、厨房では紅茶用の砂時計が休む暇なく、ひっくり返されていた。
 ドアベルの音に振り返ると、魔女の格好をした小さな女の子が、バイバイ、と手を振っていた。母親と手を繋いで、嬉しそうにおみやげのケーキの箱を左手で抱えている。見ているだけでこっちの心も和む光景だった。バイバイ、と笑顔で返して、僕はテーブルの片付けに向かった。




「ハッピー・ハロウィーン! 唯ちゃん、こんばんはー」
 先週も着ていた大学の友達が来たのは、八時半を回った頃だった。女の子ばかり四人。確かに仮装だけれど、マイクロミニのメイド服はマズいだろう。ハイウエストで結ばれた白いエプロンは胸を強調して、目のやり場に困る。しかも白いハイソックスはレースのベルトで留められている。……どこで買うんだろう、こういう服。
 終了時間が近づいてるので、店内の人はだいぶ減っていた。子供連れの人たちも帰って、客層は落ち着いた大人ばかり。里中さんと連れの女性も、窓際のスツールに腰掛けて紅茶を飲んでいた。二人とも、さっきまで写真攻撃にあってたから、やっと一息ってとこかな。

 おみやげのパンプキンケーキと、注文されたカフェ・オレを持って、女友達のテーブルに向かった。
「唯ちゃん、今日はピーターパンなんだね。似合うなー、そういうの」
 最初は仮装なんて恥ずかしかったけど、すぐに慣れるもんだね。ドラキュラやぬいぐるみと混じって仕事するなんて、不思議な感じ。客はジュリエットやメイドさんだし。
「ありがと。竹内さんたちも、メイド服似合ってるよ。スカート短いけど、寒くない?」
「大丈夫! あ、唯ちゃん、一緒に写真撮ろうよ」
「いいよ、ちょっと待ってて」
 他の店員も、今日は仕事の合間に何度も写真に納まっていた。義兄さんに至っては、後半は撮影係と化している。トレイを置いて彼女たちと並ぶと、一人がデジカメを取り出して義兄さんに渡した。
「モテてるなぁ、ピーターパン」
「今日だけね」
 義兄さんの言葉に苦笑を返して、女の子四人の真ん中に立つ。義兄さんの肩の向こうに、足を組んで笑っている里中さんがいた。僕たちを見て、連れの女性に何かを囁いた。ジュリエットが仮面を外す。
「いくよー、可愛いメイドさんたち、笑って!」
 義兄さんの声に、両隣で高い笑い声が上がった。僕は真ん中で笑いながら、一瞬こっちを振り返ったジュリエットの視線が気になっていた。青い澄んだ瞳は、今は窓の外を見ている。組んだ足はすらりと伸びていた。つま先にミュールをひっかけて、華奢な背中には天使の羽。
 その耳元で光を跳ね返す、銀色のクラウンのピアス。

「ねー、この後みんなで飲みに行くんだけど、唯ちゃんも一緒に行こうよ」
「バイト、九時で終わるんでしょう?」
 彼女たちの声が耳をすり抜けていった。
「ごめん、この後は用事があるから」
 トレイを左手で抱えて、僕はまだ何か言いたげな彼女たちのテーブルを離れた。窓際のカウンターへ迷わず進む。僕に気づいた里中さんが、唇に薄い笑みを浮かべた。心を読まれてる。
 天使の羽をつけたジュリエット。誰の”ジュリエット”だって?
 手に入れたと思ったって、安心できない。いつだって気ままなんだ。僕の言うことなんて、聞きやしない!

「千代!」
 怒った僕の声に、彼女は平然とマスクを外した。




【SIDE:C】

「唯ちゃんも一緒に行こうよ」
 背後で聞こえた言葉に、つい眉間に皺が寄った。
「怖い顔しないの。美人が台無しだ」
 隣で聖が笑う。完全に面白がってる。
 唯人が彼女たちの問いにどう返事をするのか聞き耳を立てていた。さっきチラリと見たら、唯人はピーターパンの緑の衣装のまま、メイド服の女の子に囲まれていた。イベントといえば写真だよね、はいはい。それくらいで目くじら立てたりしないよ。
 ただ、この後はアタシと約束してるんだもの。承諾しないにしても、『また今度』なんて言ったら、この場で頬でもひっぱたいてやろうかな。そんなことを考えていたら。

「千代!」
 いつの間に近づいてきたのか、唯人の厳しい声に振り返った。あっさりバレたな。仮面を外して、体ごと向き直った。足を組みなおした拍子に、片方のミュールが落ちる。
「 ――― 今日は来ないって、言ってたよね?」
 話し方は穏やかだけど、声が低い。ここまで怒ってる唯人は、はじめてかもしれない。大きな茶色の目をつりあげて、アタシを睨みつけていた。
「でも、来たかったの」
「だったら、まず僕に言えばいいでしょう!? なんで里中さんと一緒なんですか!」
 にっこり微笑んで言ってみたが、余計に逆なでしたようだった。どうしようかと迷っている間に、アリス姿の香織さんが笑みを絶やさないまま、唯人の隣に立った。
「店員が客に怒鳴ってどうすんのよ、このバカ! 話は後になさい」
 小声でしかられて、唯人がぐっと唇を噛む。しばらく俯いていたけれど、急にその場に腰を下ろした。
「唯人?」
「……仕事終わったらすぐ着替えてきます。裏で待ってて下さい」
 唯人の手が落ちたミュールを拾って、アタシの左足にもう一度履かせてくれた。目を合わせようとしない。立ち上がる前に、触れたくなって前髪を撫でた。唯人がはじかれたように顔を上げて、ようやく目が合う。
「どうしてわかったの、アタシだって」
「 ――― ピアス。それ、僕が千代の誕生日に贈ったやつでしょう。
 あと、背中……伊達に何年も、後姿見てたわけじゃないですから」
 拗ねた口調は昔の唯人と同じだった。アタシが相手にしなかったとき、よく、こんな風に顔を反らしてぼやいてた。拗ねると、ちょっとだけ上唇がとがる。

 背中ばっかり、見られてたのか。知らなかった。アタシがまだ本気にしてなかったときから、ずっと唯人の視線はアタシを追ってたって、前も言ってたね。軽く聞き流していたけど、ようやく理解できた。
 何も言わずに、唯人の手をとった。両手で握ると、あっという間に唯人の耳が赤くなる。
「待ってるから、一緒に帰ろう」
 仮装が恥ずかしくて『来ないで』と言った唯人を笑えない。アタシだって、嫉妬でこの場所にいるんだよ。
 



 ありがとうございました、と店員の声が店に響き渡る。夜9時。
 アタシと聖は、最後まで店にいた。店の前の歩道に、お土産を手にしたお客さんがまだ残っていた。仮装した集団がそれぞれに挨拶を交わしている光景は、なかなか面白い。
 香織さんと話していると、あっという間に着替えてきた唯人が、階段を駆け下りてきた。
「お待たせ!」
 送ろうか、という香織さんの申し出を断って、二人で店を出た。聖はクリスマスの飾りつけについて、唯人のお母さんと話し込んでいたので、そのまま置いてきた。どうせここで別れる予定だったのだ。
 タクシーを拾うために、大通りに向って歩く。
「……なんで機嫌いいんですか。僕、まだ怒ってるんですけど」
「内緒」
 聖に対する唯人の嫉妬が嬉しいなんて、思いつきもしないんだろうな。
 するりと腕を絡めると、唯人が足を止めて周囲を見回した。
「外で手を繋いでも怒るクセに、どうしたんです?」
「これでアタシだって気づくのは、唯人くらいだよ」
 目にはカラコン。ウィッグで栗色巻き髪。いつもの赤いルージュも封印して、今日はピンクのグロスしかつけてない。こうやって街灯の下でタクシーを待っていたって、人の目なんて気にならない。腕を組むぐらい、別にいいでしょう?

 唯人は照れ笑いを浮かべて、でも、まだ怒ってるぞ、と言うように急に唇を結んだ。その隣で、アタシは車道を挟んで向かいに立つコンビニを見ていた。店内の白い光に照らされて、駐車場に人影が見えた。この距離でもわかる、あのメイド服。
 そうか、彼女たちもさっき店から出たばかりだ。ここで次の予定を相談しているわけね。
 唯人は彼女たちの存在に気づいてなかった。向こうは気づいたようだ。手を振っている。アタシの存在を完全に無視しているその行動に、納まっていた衝動がむくむくと湧き上がってくる。
 
 ―――アタシの可愛い男に、手を出すなんて身の程知らずな。

 唯人の携帯が鳴って、彼の手がポケットに伸びた。
「唯人、アタシね」
 携帯を掴んだ唯人の手を上から握った。道路の向こうで手を振っていた女の子の動きが止まる。唯人の不思議そうな眼差しを下からゆっくり見上げた。
「今日はイタズラしにきたんだよ。だから、お菓子はいらない」
 そのまま少しだけ背伸びして、そっとキスをした。携帯の音が止んだ。
「な、何で、急に……!」
「内緒」
 ああ、気分がいい。やっぱりトドメを刺しておかなきゃね。
 すべりこんできたタクシーに乗り込んで、アタシはひっそりと笑った。

(masquerade/END)
05.11.16

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