50万HIT記念リクエスト 少年ロマンス 番外編/masquerade(3) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「ハッピー・ハロウィーン! 唯ちゃん、こんばんはー」 先週も着ていた大学の友達が来たのは、八時半を回った頃だった。女の子ばかり四人。確かに仮装だけれど、マイクロミニのメイド服はマズいだろう。ハイウエストで結ばれた白いエプロンは胸を強調して、目のやり場に困る。しかも白いハイソックスはレースのベルトで留められている。……どこで買うんだろう、こういう服。 終了時間が近づいてるので、店内の人はだいぶ減っていた。子供連れの人たちも帰って、客層は落ち着いた大人ばかり。里中さんと連れの女性も、窓際のスツールに腰掛けて紅茶を飲んでいた。二人とも、さっきまで写真攻撃にあってたから、やっと一息ってとこかな。 おみやげのパンプキンケーキと、注文されたカフェ・オレを持って、女友達のテーブルに向かった。 「唯ちゃん、今日はピーターパンなんだね。似合うなー、そういうの」 最初は仮装なんて恥ずかしかったけど、すぐに慣れるもんだね。ドラキュラやぬいぐるみと混じって仕事するなんて、不思議な感じ。客はジュリエットやメイドさんだし。 「ありがと。竹内さんたちも、メイド服似合ってるよ。スカート短いけど、寒くない?」 「大丈夫! あ、唯ちゃん、一緒に写真撮ろうよ」 「いいよ、ちょっと待ってて」 他の店員も、今日は仕事の合間に何度も写真に納まっていた。義兄さんに至っては、後半は撮影係と化している。トレイを置いて彼女たちと並ぶと、一人がデジカメを取り出して義兄さんに渡した。 「モテてるなぁ、ピーターパン」 「今日だけね」 義兄さんの言葉に苦笑を返して、女の子四人の真ん中に立つ。義兄さんの肩の向こうに、足を組んで笑っている里中さんがいた。僕たちを見て、連れの女性に何かを囁いた。ジュリエットが仮面を外す。 「いくよー、可愛いメイドさんたち、笑って!」 義兄さんの声に、両隣で高い笑い声が上がった。僕は真ん中で笑いながら、一瞬こっちを振り返ったジュリエットの視線が気になっていた。青い澄んだ瞳は、今は窓の外を見ている。組んだ足はすらりと伸びていた。つま先にミュールをひっかけて、華奢な背中には天使の羽。 その耳元で光を跳ね返す、銀色のクラウンのピアス。 「ねー、この後みんなで飲みに行くんだけど、唯ちゃんも一緒に行こうよ」 「バイト、九時で終わるんでしょう?」 彼女たちの声が耳をすり抜けていった。 「ごめん、この後は用事があるから」 トレイを左手で抱えて、僕はまだ何か言いたげな彼女たちのテーブルを離れた。窓際のカウンターへ迷わず進む。僕に気づいた里中さんが、唇に薄い笑みを浮かべた。心を読まれてる。 天使の羽をつけたジュリエット。誰の”ジュリエット”だって? 手に入れたと思ったって、安心できない。いつだって気ままなんだ。僕の言うことなんて、聞きやしない! 「千代!」 怒った僕の声に、彼女は平然とマスクを外した。 【SIDE:C】 「唯ちゃんも一緒に行こうよ」 背後で聞こえた言葉に、つい眉間に皺が寄った。 「怖い顔しないの。美人が台無しだ」 隣で聖が笑う。完全に面白がってる。 唯人が彼女たちの問いにどう返事をするのか聞き耳を立てていた。さっきチラリと見たら、唯人はピーターパンの緑の衣装のまま、メイド服の女の子に囲まれていた。イベントといえば写真だよね、はいはい。それくらいで目くじら立てたりしないよ。 ただ、この後はアタシと約束してるんだもの。承諾しないにしても、『また今度』なんて言ったら、この場で頬でもひっぱたいてやろうかな。そんなことを考えていたら。 「千代!」 いつの間に近づいてきたのか、唯人の厳しい声に振り返った。あっさりバレたな。仮面を外して、体ごと向き直った。足を組みなおした拍子に、片方のミュールが落ちる。 「 ――― 今日は来ないって、言ってたよね?」 話し方は穏やかだけど、声が低い。ここまで怒ってる唯人は、はじめてかもしれない。大きな茶色の目をつりあげて、アタシを睨みつけていた。 「でも、来たかったの」 「だったら、まず僕に言えばいいでしょう!? なんで里中さんと一緒なんですか!」 にっこり微笑んで言ってみたが、余計に逆なでしたようだった。どうしようかと迷っている間に、アリス姿の香織さんが笑みを絶やさないまま、唯人の隣に立った。 「店員が客に怒鳴ってどうすんのよ、このバカ! 話は後になさい」 小声でしかられて、唯人がぐっと唇を噛む。しばらく俯いていたけれど、急にその場に腰を下ろした。 「唯人?」 「……仕事終わったらすぐ着替えてきます。裏で待ってて下さい」 唯人の手が落ちたミュールを拾って、アタシの左足にもう一度履かせてくれた。目を合わせようとしない。立ち上がる前に、触れたくなって前髪を撫でた。唯人がはじかれたように顔を上げて、ようやく目が合う。 「どうしてわかったの、アタシだって」 「 ――― ピアス。それ、僕が千代の誕生日に贈ったやつでしょう。 あと、背中……伊達に何年も、後姿見てたわけじゃないですから」 拗ねた口調は昔の唯人と同じだった。アタシが相手にしなかったとき、よく、こんな風に顔を反らしてぼやいてた。拗ねると、ちょっとだけ上唇がとがる。 背中ばっかり、見られてたのか。知らなかった。アタシがまだ本気にしてなかったときから、ずっと唯人の視線はアタシを追ってたって、前も言ってたね。軽く聞き流していたけど、ようやく理解できた。 何も言わずに、唯人の手をとった。両手で握ると、あっという間に唯人の耳が赤くなる。 「待ってるから、一緒に帰ろう」 仮装が恥ずかしくて『来ないで』と言った唯人を笑えない。アタシだって、嫉妬でこの場所にいるんだよ。 ありがとうございました、と店員の声が店に響き渡る。夜9時。 アタシと聖は、最後まで店にいた。店の前の歩道に、お土産を手にしたお客さんがまだ残っていた。仮装した集団がそれぞれに挨拶を交わしている光景は、なかなか面白い。 香織さんと話していると、あっという間に着替えてきた唯人が、階段を駆け下りてきた。 「お待たせ!」 送ろうか、という香織さんの申し出を断って、二人で店を出た。聖はクリスマスの飾りつけについて、唯人のお母さんと話し込んでいたので、そのまま置いてきた。どうせここで別れる予定だったのだ。 タクシーを拾うために、大通りに向って歩く。 「……なんで機嫌いいんですか。僕、まだ怒ってるんですけど」 「内緒」 聖に対する唯人の嫉妬が嬉しいなんて、思いつきもしないんだろうな。 するりと腕を絡めると、唯人が足を止めて周囲を見回した。 「外で手を繋いでも怒るクセに、どうしたんです?」 「これでアタシだって気づくのは、唯人くらいだよ」 目にはカラコン。ウィッグで栗色巻き髪。いつもの赤いルージュも封印して、今日はピンクのグロスしかつけてない。こうやって街灯の下でタクシーを待っていたって、人の目なんて気にならない。腕を組むぐらい、別にいいでしょう? 唯人は照れ笑いを浮かべて、でも、まだ怒ってるぞ、と言うように急に唇を結んだ。その隣で、アタシは車道を挟んで向かいに立つコンビニを見ていた。店内の白い光に照らされて、駐車場に人影が見えた。この距離でもわかる、あのメイド服。 そうか、彼女たちもさっき店から出たばかりだ。ここで次の予定を相談しているわけね。 唯人は彼女たちの存在に気づいてなかった。向こうは気づいたようだ。手を振っている。アタシの存在を完全に無視しているその行動に、納まっていた衝動がむくむくと湧き上がってくる。 ―――アタシの可愛い男に、手を出すなんて身の程知らずな。 唯人の携帯が鳴って、彼の手がポケットに伸びた。 「唯人、アタシね」 携帯を掴んだ唯人の手を上から握った。道路の向こうで手を振っていた女の子の動きが止まる。唯人の不思議そうな眼差しを下からゆっくり見上げた。 「今日はイタズラしにきたんだよ。だから、お菓子はいらない」 そのまま少しだけ背伸びして、そっとキスをした。携帯の音が止んだ。 「な、何で、急に……!」 「内緒」 ああ、気分がいい。やっぱりトドメを刺しておかなきゃね。 すべりこんできたタクシーに乗り込んで、アタシはひっそりと笑った。 (masquerade/END) 05.11.16 |