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少年ロマンス
番外編/masquerade(2)

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【SIDE:Y】

 さっきから、千代はカプチーノの助手席で黙ったまま窓の外を見ている。
 ハンドルを握って、僕は必死に話題を探していた。静けさの中に千代の不機嫌さが漂っている。まさかこんなに怒るとは思わなかった。訊いたら、怒ってないよ、と答えるクセに、言葉と態度が一致しないのは拗ねている証拠だ。

 ――― ハロウィンのイベント、楽しそうね。
 バイトが終わって、私服に着替えて、自宅側の駐車場に停められていた赤いカプチーノに乗り込んだ途端に、そう言われた。思わず顔が引きつった。
「そりゃ楽しいイベントにはしますけど……店員は忙しいですよ。お客も普段より多いだろうし、テーブルも端に寄せて、基本的に立食形式にするみたいで。だから、千代が来ても、僕も相手できないだろうし」
「……ストレートに言うなら、来て欲しくないわけだ」
 ここで既に、声は絶対零度。その後は、さりげなく話を振ってみても、相槌しか返ってこない。視線もずっと、窓の外。
 本音を言い当てられて、言い訳もできなかった。仮装した姿を見られるのが恥ずかしいなんて、正直に言えば ――― この人は、絶対来るに決まってる。

 夏の終わりに免許をとってから、二人で出かけるときは僕が運転することが多かった。僕の愛車は未だに自転車なので(学生だから当たり前なんだけど)、運転の練習、という意味合いが強い。
 友達のほとんどがオートマ限定の免許をとるなか、僕がそうしなかったのは、カプチーノがMT車だったからだ。実際、僕は自分の家の車より、千代の車を運転する機会の方が多い。家の車を借りるとしても、義兄さんのステップワゴンは大きすぎるし、母さんのマーチは可愛すぎる。第一、帰る場所は千代のマンションなんだから、ウチの車じゃ意味がない。
 今日は、いつもより少し遠出している。二人で映画を見に行く為だ。郊外のシネコンは音質がよくて、気にいっている。映画好きな千代は、いつもなら淡々と新作映画について話したりするのに……。
 どうやって機嫌を直してもらおうかと考えていると、シフトレバーに伸ばした左手に、千代の手がそっと重なった。信号待ち。ギアをニュートラルに入れて、千代を見る。横顔はまだ、窓の外。

「……日曜の夜、イベントの後なら会えるの?」
 艶やかな唇から漏れた声は小さくて、意地っ張りな彼女らしいと思った。
「遅くなるけど、絶対会いに行きます」
 ふぅん、と気のない返事をしつつ、その後の千代は饒舌だった。映画館についてからも、パンフレット片手に二人で顔を寄せていろいろ話した。その笑顔を見たら、もう何も問題はない気がして、ホッとした僕は。
 ――― 後に、自分の甘さを思い知ることになる。


【SIDE:C】

 月曜の朝は、いつもより早く起きる。いつの間にか、日曜は唯人が泊まるのが習慣になっていた。
 アタシは、朝食はコーヒーだけだ。唯人は遅くまで眠る。その幼い寝顔を見るのが、結構好きだったりする。無防備で、前髪が跳ねたりしていると、尚更嬉しくなってしまう。可愛いと言われるのが、今でも嫌いな唯人。だから、言わない。心の中で思っていても。
 行って来ます、と小声で告げると、うにゃうにゃと言葉にならない返事が聞こえた。
 安心しきった寝顔に、こっちの顔にも笑みが浮かぶ。
『ハロウィンの夜、会えるのなら、TOGOには行かない』
 昨夜、アタシがはっきりそう言うと、唯人はあからさまに嬉しそうに頷いた。会いに行きます。それはどうも。
 疑いのかけらもない嬉しそうな笑顔を思い出して、目を細めた。
 素直でまっすぐなところは、唯人の美点だ。そして、欠点でもある。騙すのはとても簡単。

 昨日、"TOGO"でアタシの後ろの席に座った二人連れ。唯ちゃん、と唯人に甘えた声をかけた彼女たちの会話は、アタシの気持ちをちりちりと燃やした。
『 ――― ハロウィンの夜に、唯ちゃん誘おうかな。
 年上の彼女がいるって言ってたけど、写真も名前も内緒の一点張りだし、ただの見栄だよ、きっと』
 困ったお嬢さん方だ。大学の唯人の友人には、同じ高校の出身者もいる。どこからアタシの存在が漏れるかわからないから、唯人は注意しているに違いない。だからといって、アタシがおとなしくしている義理もない。
 何の為のハロウィン・ナイト。アタシだとバレなきゃいいんでしょう?

 昼休み、屋上でタバコを咥えたまま、アタシは携帯を取り出した。
『はーい、どうしたの? 千代さん』
「こんにちは、香織さん。ちょっとご相談したいことがあるんですが」
 唯人の姉の香織さんは、ピンクのチューリップみたいに可愛らしい外見だけれど、性格はけっこうアレだ。アタシと気が合う程度には、話がわかる。唯人に内緒でハロウィンに参加したいと伝えると、さくさくと話は進んだ。
『いくら化けても、一人だと浮くかもしれないね。
 そうだ、いいエスコート役がいるの。千代さんは嫌かもしれないけど』
 告げられた名に、アタシは思わずタバコを噛んだ。


 
 日曜日、午後3時。
 久しぶりにスケッチブックに水彩画を描いていたら、インターフォンが鳴った。ドアを開けると、スーツに長身を包んだ男が立っていた。

「やぁ。久しぶりだね、千代」
 金髪の下で、澄んだ鳶色の瞳がアタシを見て微笑む。
 里中聖。腐れ縁でつながっている、アタシの元ダンナ。きちんと着こなしたジャケットの下で、襟元だけが崩されている。ネクタイもしてない。聖は本当に、自分の見せ方をよく知っている。
 唯人と聖の共通点は、外見がよいこと。決定的な違いは、誠実さだろう。この男は博愛主義を名乗るただの浮気性だ。
「 ――― 待ち合わせは6時だったはずだけど」
「それじゃあ、せっかくのイベントに間に合わないよ。どうせ参加するなら、徹底的に楽しまないと」
 そう言って、聖は小脇に抱えていた箱を差し出した。イタリアの有名ブランドのロゴが見える。開けてみて、と視線で促された。
 白に限りなく近い水色のドレスは、ウエストラインからふわりと広がっていた。ノースリーブで、背中が大きく開いている。縫い付けられたスパンコールが、秋の日差しに煌いた。膝丈の可愛らしいドレスだ。もしかして、これをアタシに着ろと?
「唯人君の目を誤魔化すなら、千代が選ばないような服を着なきゃ」
 嬉しそうな聖の声には、ほんの少しイタズラっぽい響きが混じっていた。
 最近TVにも出ている人気建築家が、忙しい予定の中で、どうして”TOGO”からの招待を受けたのか不思議だった。そうか、唯人への嫌がらせが目的か。アタシに対する執着はそんなに残ってないくせに、唯人をからかうのは楽しいらしい。気持ちはわからないでもない。要は気に入ってるんだな、唯人を。
「わかった。どうせ全部手配してきてるんでしょう?」
「ご明察。美容院の予約は3時半だ」
 
 得意げに胸を張る聖を待たせて、出かける支度をした。束ねていた髪をほどいて、ざっと櫛を入れる。リップブラシを手にしたとき、携帯が鳴った。唯人からのメールだ。
『今夜、おみやげに、パンプキンケーキ持っていきますね』
 いじらしい文章に、動きが止まる。
 聖の連れということにしてもらえば、カモフラージュにもなる。そう思って内緒で聖と会っているけれど、バレたときに、唯人は怒るかもしれないな……。
 小さな罪悪感を抱えたまま、アタシは聖と一緒にタクシーに乗り込んだ。

05.11.16

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