50万HIT記念リクエスト 少年ロマンス 番外編/masquerade(2) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
【SIDE:C】 月曜の朝は、いつもより早く起きる。いつの間にか、日曜は唯人が泊まるのが習慣になっていた。 アタシは、朝食はコーヒーだけだ。唯人は遅くまで眠る。その幼い寝顔を見るのが、結構好きだったりする。無防備で、前髪が跳ねたりしていると、尚更嬉しくなってしまう。可愛いと言われるのが、今でも嫌いな唯人。だから、言わない。心の中で思っていても。 行って来ます、と小声で告げると、うにゃうにゃと言葉にならない返事が聞こえた。 安心しきった寝顔に、こっちの顔にも笑みが浮かぶ。 『ハロウィンの夜、会えるのなら、TOGOには行かない』 昨夜、アタシがはっきりそう言うと、唯人はあからさまに嬉しそうに頷いた。会いに行きます。それはどうも。 疑いのかけらもない嬉しそうな笑顔を思い出して、目を細めた。 素直でまっすぐなところは、唯人の美点だ。そして、欠点でもある。騙すのはとても簡単。 昨日、"TOGO"でアタシの後ろの席に座った二人連れ。唯ちゃん、と唯人に甘えた声をかけた彼女たちの会話は、アタシの気持ちをちりちりと燃やした。 『 ――― ハロウィンの夜に、唯ちゃん誘おうかな。 年上の彼女がいるって言ってたけど、写真も名前も内緒の一点張りだし、ただの見栄だよ、きっと』 困ったお嬢さん方だ。大学の唯人の友人には、同じ高校の出身者もいる。どこからアタシの存在が漏れるかわからないから、唯人は注意しているに違いない。だからといって、アタシがおとなしくしている義理もない。 何の為のハロウィン・ナイト。アタシだとバレなきゃいいんでしょう? 昼休み、屋上でタバコを咥えたまま、アタシは携帯を取り出した。 『はーい、どうしたの? 千代さん』 「こんにちは、香織さん。ちょっとご相談したいことがあるんですが」 唯人の姉の香織さんは、ピンクのチューリップみたいに可愛らしい外見だけれど、性格はけっこうアレだ。アタシと気が合う程度には、話がわかる。唯人に内緒でハロウィンに参加したいと伝えると、さくさくと話は進んだ。 『いくら化けても、一人だと浮くかもしれないね。 そうだ、いいエスコート役がいるの。千代さんは嫌かもしれないけど』 告げられた名に、アタシは思わずタバコを噛んだ。 日曜日、午後3時。 久しぶりにスケッチブックに水彩画を描いていたら、インターフォンが鳴った。ドアを開けると、スーツに長身を包んだ男が立っていた。 「やぁ。久しぶりだね、千代」 金髪の下で、澄んだ鳶色の瞳がアタシを見て微笑む。 里中聖。腐れ縁でつながっている、アタシの元ダンナ。きちんと着こなしたジャケットの下で、襟元だけが崩されている。ネクタイもしてない。聖は本当に、自分の見せ方をよく知っている。 唯人と聖の共通点は、外見がよいこと。決定的な違いは、誠実さだろう。この男は博愛主義を名乗るただの浮気性だ。 「 ――― 待ち合わせは6時だったはずだけど」 「それじゃあ、せっかくのイベントに間に合わないよ。どうせ参加するなら、徹底的に楽しまないと」 そう言って、聖は小脇に抱えていた箱を差し出した。イタリアの有名ブランドのロゴが見える。開けてみて、と視線で促された。 白に限りなく近い水色のドレスは、ウエストラインからふわりと広がっていた。ノースリーブで、背中が大きく開いている。縫い付けられたスパンコールが、秋の日差しに煌いた。膝丈の可愛らしいドレスだ。もしかして、これをアタシに着ろと? 「唯人君の目を誤魔化すなら、千代が選ばないような服を着なきゃ」 嬉しそうな聖の声には、ほんの少しイタズラっぽい響きが混じっていた。 最近TVにも出ている人気建築家が、忙しい予定の中で、どうして”TOGO”からの招待を受けたのか不思議だった。そうか、唯人への嫌がらせが目的か。アタシに対する執着はそんなに残ってないくせに、唯人をからかうのは楽しいらしい。気持ちはわからないでもない。要は気に入ってるんだな、唯人を。 「わかった。どうせ全部手配してきてるんでしょう?」 「ご明察。美容院の予約は3時半だ」 得意げに胸を張る聖を待たせて、出かける支度をした。束ねていた髪をほどいて、ざっと櫛を入れる。リップブラシを手にしたとき、携帯が鳴った。唯人からのメールだ。 『今夜、おみやげに、パンプキンケーキ持っていきますね』 いじらしい文章に、動きが止まる。 聖の連れということにしてもらえば、カモフラージュにもなる。そう思って内緒で聖と会っているけれど、バレたときに、唯人は怒るかもしれないな……。 小さな罪悪感を抱えたまま、アタシは聖と一緒にタクシーに乗り込んだ。 05.11.16 |