2006年バレンタイン企画 少年ロマンス 番外編/ever after (3) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
バレンタイン二日後。久しぶりに千代が店に来た。書道の服部先生と一緒に。 あの日、千代は朝になったら何事もなかったかのように、僕を起こして仕事に行ってしまった。熱も下がってた。昨夜の出来事は幻だったのかと、一瞬疑ったくらいのそっけなさ。もしかして、何を話したか覚えてないのかな。 訊くに訊けず、僕はいつものように、二人のテーブルに注文をとりに行った。 「東郷くん、なんだかすっかり男らしくなったねー。在学中は女の子みたいだったのに」 服部先生は相変わらず快活だった。今年も書道部は全国大会でよい成績を残したらしく、校舎に垂れ幕がかかっていた。 「彼女できたでしょう?」 「……いますよ、すごく好きな人」 何食わぬ顔で水を飲んでる千代だけど、僕の言葉でかすかに唇の端をあげた。服部先生は気づかずに、言うねぇ、と僕をからかう。 「君は人気あったから、後輩の女の子たちが嘆くよ、きっと。恋人は、どんな人なの?」 どんな人、と言われても。 僕はオーダー用の伝票を手にしたまま、困ってしまった。窓に映る千代の表情は、完全に面白がっている。むむ、そっちがその気なら。 「彼女、年上なんです。でも、大人げないんですよ。すごく意地っ張りで、悩んでても体調崩しても僕を頼ってくれなくて、じれったいんです。すぐに僕のこと子供扱いするし」 「へぇ、年上か。プライド高い人?」 「たぶん。まあ、いつもクールだからこそ、たまに甘えてきたときは、可愛くて仕方ないんですけどね」 「ベタ惚れだねぇ」 服部先生とは対照的に、千代の顔から笑顔が消える。頬杖ついたまま、ちらりと睨まれて僕は肩をすくめた。 「否定はしません。彼女も僕にベタ惚れだといいんですけど」 意味深に、じっと千代を見つめて笑いかけると、服部先生もさすがに気づいて、千代と僕を交互に見た。 「ゆーい、調子にのるな。合鍵返してもらうよ」 「嫌です。今日もバイト終わったら、会いに行っていい?」 服部先生が目を丸くしているその横で、千代はいつものように、シガレットケースをとりだしながら、目を細くした。 「どうぞ」 やってくれたね、と言うように苦笑する。その手の中で照明を跳ね返すのは、僕があげた銀色のジッポー。 「仕事なさいよ、君は。アタシはコロンビア。服部さんは?」 「え? えーと、じゃあアップルティー……を」 「かしこまりました。ごゆっくり」 きちんとお辞儀して、厨房にオーダーを告げた。こっそりフロアを見れば、千代は服部先生から「いつからよー!」と問いつめられているところだった。どうせうまくかわすだろうけれど、ちょっと後が怖い。 まあ、服部先生なら大丈夫だろう。口も堅いし、千代と仲良いし。 ちょっと自慢したかったんだ、千代は僕の彼女なんですよー、いいでしょう、って。 僕はずっとあなたのそばに居る。もう誰の目も気にしない。誇りに思うことはあっても、恥じることは何も無いんだから。 あなたは知らないだろうけど、こと千代に関しては、僕が願って叶わなかったことなんてないんだよ。美術部の部長やってたときだって、卒業式の日だって、今も、そしてこれからも。一目で好きになって、あなたに好かれたいと願って、笑われても僕は真剣だった。『先生はいつか僕を好きになる』って、根拠もなく確信していた。 同じように、願ってる。 五年後、十年後、ずっとずっと一緒にいて、たとえおじいちゃんとおばあちゃんになったとしても、僕はあなたと二人で楽しく過ごしている自信がある。どこにいたって、二人なら笑って過ごせる。ケンカしても拗ねて背中を向けても、もう大人げないなんて言わない。可愛い泣き顔にキスを落として、髪を撫でて抱きしめてあげる。 『 ――― 信じるからね』 あなたのその言葉があれば、未来はずっと二人のもの。 (ever after/END) 06.02.23 |