神代の家のリビングは、古い木で作られたローテーブルの周りに、円形のクッションを置いている、どこかレトロな和風スタイルだ。
その落ち着いた雰囲気の部屋で、威圧的な存在感を放つのは、突然訪れた女だった。どかりと胡座をかいて、じっと神代を睨んでいる。
「……私の友達で内科医の、
神代が日崎に対して紹介すると、日向は冷笑を浮かべた。
「友達? アンタ、友達の連絡をずっと無視するような人間なのね。
メールも返ってこない、自宅の電話に留守電入れても反応ナシ、携帯は着信拒否。病気じゃないかと思って、しびれ切らして夜勤明けに押しかけてみたら、若い男と暮らしてましたー、だもんね」
「誤解ですよ」
日崎が即座に答えた。湯気を漂わせる湯のみに両手を添えて、彼は日向の目をまっすぐ見た。
「僕は、日崎和人といいます。神代さんの下で働いてます。
昨日は、神代さんが体調崩していたので、送ってきて一晩看病しただけです」
「……そういえば、顔色悪いね」
日向の声から刺々しさが薄れたのに気付いて、神代はかすかに笑ってみせた。日向もようやく落ち着いて話をする気になったのか、コートを脱ぐと、小振りなボストンバッグと一緒に脇に置いた。
一口お茶を飲むと、その目が日崎を観察するように眇められた。それに気付いた神代の眉間に、少しずつ皺が寄っていく。
「……日崎。じゃあ、悪いんだけど、今日は休ませてもらうわ。仕事、よろしくね」
神代の視線が、早くここから立ち去った方がいい、と日崎に告げていた。
「わかりました。定時後、報告に寄ります」
日崎は、何か問いたそうな日向を無視して立ち上がったが、彼女はそんな空気に構わず、日崎に話し掛けた。
「それにしたって、普通泊まったりする?」
「 ――― 放っておいたら、熱があろうが何だろうが、無理するのが目に見えてましたから。もう少し他人を頼るような人なら、俺だってここまで面倒みません」
静かにつぶやいて、日崎は神代に軽く頭を下げ、ジャケットを羽織ってその場を離れた。
マンションのエントランスで、彼はしばらく早朝の空を見上げた。薄い灰色の空からは、細い霧雨が静かに降り注いでいた。