長いコールの後、日崎の耳に慌てた矢野の声が聞こえた。
『日崎。どうした、こんな時間に』
夜十時過ぎ。日崎は礼儀正しくて、こんな遅くに電話することは滅多にない。矢野は、辻に何かあったと思ったらしい。
「遅くに電話してすいません。矢野さん、明日は何か予定ありますか?」
『いや、特には……』
「申し訳ないんですが、明日、俺の代わりに辻と京都に行って欲しいんです。日帰りで行く約束をしていたんですが、急用で行けなくなって」
『 ――― 俺はいいけど、辻には連絡したのか?』
痛いところを突かれた。日崎はこれから連絡する辻の反応を思うと気が重かった。
一ヶ月以上前から約束していた旅行だ。喜々としてガイドブックを捲っていた辻を思い出せば、心が痛んだ。
「まだです。今から電話しておきますよ」
『わかった。しかし、珍しいな、日崎が辻との約束破るなんて。仕事か?』
「……まあ、そんなところです」
矢野は少し間を空けて、ふぅん、と微妙な発音の相槌を打った。何を言われるかと構えた日崎だったが、追求の言葉はなかった。
『まあ、いろいろあるよな ――― お互い。
辻に連絡取れたら、メール入れといて。待ち合わせなんかは、アイツと直接話すから』
矢野の声に、わずかに憂いが滲んでいた。そういえば、辻はまだ進路のことを矢野に話せていないと悩んでいたことを、日崎は思い出した。
(……矢野さんの性格考えたら、いい加減しびれを切らして自分から訊くだろう。それを、話してくれるまで待つなんて)
矢野はもう知っているのかもしれない。辻が卒業したら、この街を離れることを。
「わかりました。辻を、よろしくお願いします」
明日のことだけでなく、これからも。
その後、辻にも連絡をとって、日崎はすぐに行動した。
一度車に戻り、鞄に入れたままの手帳を取り出して、社員のシフトを確認した。明日出勤する社員は神代と、川口という三十代後半の温和な男だ。
(川口さん、午前中のみ出勤か)
午後からラストまでは神代一人。日崎が代わりに出勤することになるだろう。
日崎は腕時計で時刻を確かめた。食料を買いたくても、コンビニくらいしか開いていない。一番近いコンビニまで車を走らせ、買い物を済ますと、そのまま深夜まで営業しているドラッグストアに向かった。