北沢たちの予想に反して、空はまだ来ていなかった。北沢はそのまま秋津と二人で打ち合わせを始めてしまったので、遠山は所在無く、秋津の席からも近い空の机に凭れて待つことにした。空は遠山と同じ時間に門を潜っているのだから、途中で誰かと話していたとしても、そろそろ姿を見せるはずだ。
その遠山の前に、佐久間祐二が立った。線は細いが、遠山よりは背が高かった。佐久間は空に向けるのと同じ、さわやかな人好きする笑顔を浮かべた。
「一組の遠山だっけ。空狙いだったらゴメンな、空は俺のだから」
さらりと告げられた言葉に、遠山はぱちりと瞬きを繰り返した。何を言われたのか理解できない。佐久間のセリフは、秋津と北沢にも聞こえていて、北沢は一瞬眉を潜めた。佐久間、と秋津が会話に割り込む。
「空とつきあってもないのに、何言ってんだよ」
「空は俺を選ぶよ」
佐久間は、表情も声のトーンも変えずに、そう言った。秋津の席を振り返って、北沢を見据えたその目は笑ってはいない。明確な敵意。
「俺なら、あんな泣かせ方しない。体調崩すまで追い詰めて、傷つけたりもしない。
それに ――― 俺は、空のことなら全部知ってる」
含みのある言い方に、北沢はすぅ、と目を細めたけれど、何も反論せずに佐久間から目をそらせた。対面の終わりを告げるように予鈴が鳴り響く。無言で教室を出た北沢を見送る佐久間の目には、明らかな優越感が浮かんでいて、秋津は思わず、プッと笑ってしまった。
「なぁ、佐久間。雉も鳴かずば撃たれまい、ってコトワザ、知ってるか?」
「知ってる。何だよ、急に」
「いや、何でもない」
佐久間は訝しげに秋津の顔をじっと見ていたが、教室に入ってきた空に気付いてからは、何も無かったかのように振舞った。下心を隠そうともせず、SHRまでの五分間、空と話し続けている。
(馬鹿なヤツ。黙ってれば、北沢はあのまま消えたのに)
秋津は一番近くで北沢を見ていた。なかなか感情を表に出さない北沢だが、伊達に中学三年間を一緒に過ごしたわけではない。北沢が怒ったときの眼差しの冷たさぐらいわかる。
(きっと、北沢は動く。……佐久間じゃ、勝負にもならないな)
秋津の視線の先で、佐久間は空と一緒に教科書を覗き込んでいた。この先、自分に降りかかる災難など知らずに。