Keep The Faith:2
第9話 ◆ 禁句(4)

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 言われたことが理解できず、秋津は笑いかけのような表情で北沢を見た。
「え……だって、中2の三学期、お前毎日デートだって速攻帰ってたよな?」
 北沢は、秋津から目を逸らすと指を組んで膝に乗せた。
「あのとき、イブにデートの予定だったのは本当だよ。でも、告白するはずの24日に、彼女は事故で死んだ。俺はずっと嘘ついてたんだ。秋津にも、他のヤツにも」
 秋津は、教えられた事実に言葉を失った。

 中学二年の冬。秋津と北沢は、他の何人かと一緒によく遊んでいた。大抵サッカーやバスケをしていた放課後。仲間の中で一番最初に北沢に彼女ができた。そのときのことは、秋津もよく覚えている。14歳のクリスマスイブに、北沢がデートをするのだと聞いたときは、羨ましくて、他の友人と一緒にさんざんからかったのだ。
 年が明けて、北沢は急に付き合いが悪くなった。彼女が出来たのなら仕方ないと、もてない同士で話していた少年たち。
「お前らに、デートどうだった、もうキスしたのかって聞かれて、鈴子はもう死んだ、なんて……言えるわけないだろ? それに、おかしな話だけど、嘘ついてるときは、まだ鈴子が生きてるような気がして楽しかったんだ」
「観覧車乗ったとか、言ってたもんな」
 ――― 北沢はどんな気持ちで話していたのか。
 考えるだけで、秋津は鼻の奥がツンとした。涙が浮かばないように、慌てて空を見上げる。
「あの頃は、少し、バランスが取れなくなってたのかもしれない。全部空想だよ。もし生きていたらこうしただろう、ってことばかり話してた。
 そういう事情で、鈴子のことはあまり話さないで欲しいんだ。俺も、まだ冷静に話せるほど大人じゃないし、あまり知られたくない」
 かすかに笑うと、北沢は立ち上がった。
「時間取らせて悪かったな」
「あー……こっちこそ、軽はずみに話して、ごめん」
「いや、俺が本当のことを話してなかっただけだから」
 秋津は、いつもと同じ声で語り、いつもと同じ笑顔を見せる北沢を見上げた。今こうして話している北沢が、本心から笑いかけているのか、それともポーカーフェイスなのか、邪推しそうになる。
 深読みする自分が嫌で、秋津は勢いよく立ち上がると、北沢の隣に並んだ。気になっていたことを訊ねる。
「オレにこうやって話すってことは、空に何か言われたんだろ。今聞いたこと、空は知ってるのか?」
「いや、教えてない。もう、空はいいんだ」
「 ――― 切るのか?」
 笑みを消し、北沢は短く答えた。
「ああ、空は切る」
 関係を断ち切る、ということ。
「オレから、空に話してもいいか」
「……秋津に任せるよ」

 秋津は、真冬の早朝を思わせる北沢の眼差しに、今更彼が同じ年であることを疑った。北沢は恐ろしくはっきりと、人間関係に線を引く。秋津にはその潔さが逆に痛々しく見えた。一人で突き進める強さと、誰かを切り捨てる意思の強さは異なるものだ。
(どうして、そんなに先へ進もうとするんだ)
 秋津にはそう見えた。夏以降、北沢の纏う空気は硬度を増すばかりだ。久しぶりに、きちんと話したからだろうか。秋津の記憶の北沢と、今隣を歩く北沢にはズレがある。
「秋津」
 ぼおっと北沢の肩あたりを眺めていた秋津は、名前を呼ばれて我に帰った。
「何?」
「今度やる同窓会、どうせ午後からだろ。午前中、体育館に行かないか?」
 楽しそうに振り返った北沢の笑顔は、秋津の覚えていたままで。
「……いいね、アイツら皆誘って」
 秋津はなんだか嬉しくなって、北沢の背中を軽く叩くと、一緒になって笑った。


 
 秋津が教室に戻ると、ほとんどの生徒が居なくなっていた。中間テスト前なので補習はない。六限の体育が終わってから十分以上経過しているので、もう図書室や図書館に走ったところで席は空いていないだろう。
 少しだけ残ったジュースを飲み干して、片手でアルミ缶をつぶして席についた。教科書をカバンに詰めていると、空と清水のグループが教室に戻ってきた。空は片足をわずかにひきずっている。
「空、足どうした?」
 空は、秋津の問いに答えず自分の机に向かうと、崩れるように座り込んだ。机に頬をつけて目を閉じる。
「そーらー! いつまでも腐ってないで、帰るよ」
 清水が思い切り机を叩いたので、秋津までビクッとなった。近くにいる女子に視線だけで訊ねると、あっさり答えが返ってくる。
「なんか、今日の空、朝からぼーっとしてんの。心ここにあらず、ってカンジで。さっきの体育でも、ハードルひっかけて盛大にコケちゃって、足首捻挫」
 へえ、と素っ気無い返事をした秋津だが、思い当たることがあった。
(北沢、本当に空を切ったのか)
 それが悪いとは思わない。秋津だって、そんな過去があれば、根掘り葉掘り聞かれるのはごめんだ。ただ、理由も知らずにいるのでは、空だって納得できない部分があるだろう。机に顔を伏せてグスグスといっているのを聞くと、やはり放っておけなかった。かと言って、周囲には空以外の生徒もいる。しばらく考えて、秋津は教室を後にした。駐輪場まで歩き、携帯を取り出すとメールを打つ。

 伝わってくる振動に、空はパッと顔を上げた。カバンの中で携帯が震えている。
(北沢からでありますように!)
 着信メール1件。北沢からではなかったけれど、内容を見て、空は目を見開いた。
 足が痛いのも忘れて窓に駆け寄る。眼下に駐輪場が広がっていた。自転車に跨って、教室を見上げていた秋津と目が合う。まっすぐ空を見ると、軽く手を上げて帰って行った。
(私、なんてことを言ったんだろう)
 窓枠を握り締めて、晴れ渡る秋の空を望む。

『詳しくは言えないけど、鈴ちゃんはもう亡くなってる。これ以上、北沢の傷に触れるな。北沢の友達として頼む。/秋津』
 
(まだ鈴ちゃんを忘れられないの、なんて。何も知らずに)
 自分が北沢にしたことを、空は思い知った。ひどいことを言った。きっと、北沢は自分を許さないだろう。
「……空、大丈夫?」
 そっと声を掛けてきた清水に抱きついて、空はぎゅっと目を瞑った。
 失った信頼。北沢の隣。もう二度と取り戻せない気がして、心が痛かった。そして、それ以上に彼を傷つけたと、痛感していた。その言葉を放ったこと自体が、罪だったのだと。


(禁句/END)
03.11.01

NEXT : BACK : INDEX : HOME  


Copyright © 2003-2006 Akemi Hoshina. All rights reserved.

inserted by FC2 system