言われたことが理解できず、秋津は笑いかけのような表情で北沢を見た。
「え……だって、中2の三学期、お前毎日デートだって速攻帰ってたよな?」
北沢は、秋津から目を逸らすと指を組んで膝に乗せた。
「あのとき、イブにデートの予定だったのは本当だよ。でも、告白するはずの24日に、彼女は事故で死んだ。俺はずっと嘘ついてたんだ。秋津にも、他のヤツにも」
秋津は、教えられた事実に言葉を失った。
中学二年の冬。秋津と北沢は、他の何人かと一緒によく遊んでいた。大抵サッカーやバスケをしていた放課後。仲間の中で一番最初に北沢に彼女ができた。そのときのことは、秋津もよく覚えている。14歳のクリスマスイブに、北沢がデートをするのだと聞いたときは、羨ましくて、他の友人と一緒にさんざんからかったのだ。
年が明けて、北沢は急に付き合いが悪くなった。彼女が出来たのなら仕方ないと、もてない同士で話していた少年たち。
「お前らに、デートどうだった、もうキスしたのかって聞かれて、鈴子はもう死んだ、なんて……言えるわけないだろ? それに、おかしな話だけど、嘘ついてるときは、まだ鈴子が生きてるような気がして楽しかったんだ」
「観覧車乗ったとか、言ってたもんな」
――― 北沢はどんな気持ちで話していたのか。
考えるだけで、秋津は鼻の奥がツンとした。涙が浮かばないように、慌てて空を見上げる。
「あの頃は、少し、バランスが取れなくなってたのかもしれない。全部空想だよ。もし生きていたらこうしただろう、ってことばかり話してた。
そういう事情で、鈴子のことはあまり話さないで欲しいんだ。俺も、まだ冷静に話せるほど大人じゃないし、あまり知られたくない」
かすかに笑うと、北沢は立ち上がった。
「時間取らせて悪かったな」
「あー……こっちこそ、軽はずみに話して、ごめん」
「いや、俺が本当のことを話してなかっただけだから」
秋津は、いつもと同じ声で語り、いつもと同じ笑顔を見せる北沢を見上げた。今こうして話している北沢が、本心から笑いかけているのか、それともポーカーフェイスなのか、邪推しそうになる。
深読みする自分が嫌で、秋津は勢いよく立ち上がると、北沢の隣に並んだ。気になっていたことを訊ねる。
「オレにこうやって話すってことは、空に何か言われたんだろ。今聞いたこと、空は知ってるのか?」
「いや、教えてない。もう、空はいいんだ」
「 ――― 切るのか?」
笑みを消し、北沢は短く答えた。
「ああ、空は切る」
関係を断ち切る、ということ。
「オレから、空に話してもいいか」
「……秋津に任せるよ」
秋津は、真冬の早朝を思わせる北沢の眼差しに、今更彼が同じ年であることを疑った。北沢は恐ろしくはっきりと、人間関係に線を引く。秋津にはその潔さが逆に痛々しく見えた。一人で突き進める強さと、誰かを切り捨てる意思の強さは異なるものだ。
(どうして、そんなに先へ進もうとするんだ)
秋津にはそう見えた。夏以降、北沢の纏う空気は硬度を増すばかりだ。久しぶりに、きちんと話したからだろうか。秋津の記憶の北沢と、今隣を歩く北沢にはズレがある。
「秋津」
ぼおっと北沢の肩あたりを眺めていた秋津は、名前を呼ばれて我に帰った。
「何?」
「今度やる同窓会、どうせ午後からだろ。午前中、体育館に行かないか?」
楽しそうに振り返った北沢の笑顔は、秋津の覚えていたままで。
「……いいね、アイツら皆誘って」
秋津はなんだか嬉しくなって、北沢の背中を軽く叩くと、一緒になって笑った。