少年ロマンス 第15話 ☆ Secret Garden(2) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
下見と打ち合わせの結果、店のリフォームは、予定通り里中さんに頼むことになった。母さんと姉さんはかなり舞い上がって喜んでた。女ってミーハーだ。兄さんは二人になったとき、こっそり「大丈夫か?」と聞いてきた。まあ、先生の件と仕事は別ってことで、ここで駄々こねるほど子供じゃありません。 どうせ、里中さんが次に来るのは二週間後だし、その次は改装工事が始まってからだし、その間に先生と話すこともできそうだと考えていたのだけれど ――― 甘かった。 「やあ、唯人クン」 衝撃の初対面から十日後。普通に授業を受けて、放課後、圭一と二人で南門から出たところで呼び止められた。ここにいるはずのない、里中聖氏に。 すごい目立ってる。景色から浮いてる。門にもたれた姿は、深紅のTシャツに黒いパンツ、裸足にひっかけたナイキ。秋口の柔らかい日差しが金色の波打つ髪を照らしている。 唖然としていたら、遠巻きに彼を見ていたらしい同じクラスの女子に話しかけられた。 「唯ちゃん、知り合いなの!? この人、誰?」 誰、と言われても……集まられても、説明できないって! えーと、と引きつった笑いを浮かべた僕の前で、里中さんはゆっくりと口を開いた。 「ニホンの建築ヲ、学びにキマシタ。ロバート、デス」 にっこりと微笑むと、周りの女子大半が頬を染めた。うっわ、何ですか、その片言の日本語。さっき流暢に「やぁ」って僕に話しかけたくせに! 出身どこですか、唯ちゃんとどういう知り合いなんですか、と矢のような質問が飛び交う中、彼は困ったように首をかしげて、流れるような英語を話しながら首を振った。いや、理解してるって、絶対。 しかし、現役受験生をなめてはいけない。ちゃんとネイティブな英語を理解できて、話せる子だっている。学年一の英語力を誇る、ウチのクラスの委員長・エリちゃんは、使命感に燃え、優越感に浸りつつ、里中さんと英会話を続けていた。 ……今のうちに帰りたい。ロバートなんて、僕は知らない。 「唯ちゃんのお母さんの友達なんだって。学校内、見学できないかなって言ってる」 「事務室で許可得ればいいんでしょ?」 「いいって、もう放課後だし」 「ご案内しまーす。行きましょう、ロバートさん」 勝手に話が進んでいるところに、喫煙組の先生が部活前の一服に来てしまった。もちろんその中には佐々木先生もいて、女子生徒に囲まれている里中さんを見て、ピシッと周りの空気を凍らせた。 「 ――― 不審者を校内に入れないように」 眉間に深い皺を刻んで、先生は唸るように、そう告げた。 佐々木先生と矢野と体育の桜井。三人が立ちはだかったところで、委員長が、かばうように里中さんの腕にしがみついた。 「不審者じゃありません」 「ロバートさん、唯ちゃんの知り合いだって言ってるし」 「日本の学校を見学してみたいって。いいよね、先生?」 ロバート、大人気。たぶん、彼女たちにしてみれば、映画の中にしかいない王子様が急に目の前に現れたようなものなんだろう。フリル付のブラウスとか、似合いそうだもんなぁ、この人。 「……誰、ロバートって」 佐々木先生の地を這う声に、里中さんはにこやかに自分を指差す。 「何、東郷の知り合いなの?」 矢野が軽く話を振ってきた。う、知らないと言えば嘘になるし。渋々頷くと、佐々木先生にすごい目で睨まれた。僕だって、本意じゃないんだー! 「いいんじゃねぇ? 見学くらい。でも、教職員同伴が規則だからな」 矢野が言いながら、矢野と桜井、男子教諭二人の視線が同時に佐々木先生を捕らえた。 「じゃ、千代ちゃん、ヨロシク」 「なっ……、ちょっと矢野クン!」 佐々木先生が険しい顔で振り返ったときには、矢野と桜井は楠の並木に隠れるように、逃げていた。桜井が遠くまで走ってから、佐々木先生に頭を下げる。 結局、佐々木先生はロバートと名乗る里中さんと、女子生徒を引き連れて校内に戻った。僕はそれ以上つきあう気がしなくて、圭一と一緒に帰路についた。駐輪場の柵の向こうを歩いていく一団が垣間見えた。 並んで歩いていく二人の後姿に軽い嫉妬を覚えた。なんでこんなに嫌な気分になるんだろう。里中さんと先生の間にあるのは、過去の出来事だ。僕と先生には、未来がある……たぶん。 ついこの前までそれは確信だったのに、なぜか今の僕には、バラ色の未来が想像できなかった。 05.04.13 |