少年ロマンス
第11話 ☆ Close To You (1)

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 ――― 僕を好きになって。
 そう願いながら、あなたの側にいられる日々は幸せだった。
 一瞬でもそれを日常と感じた、欲張りな僕を許して。



Side:Y

 嫌われた。絶対、嫌われたんだ。
 もう引退の時期なのに、補習後部活に顔を出してたから。絵を描きたくても以前と同じ時間を部活に割くのは無理だし、僕があまりでしゃばったら、新部長の堤もやりにくいだろうと思って、あえて少し顔を出すだけにしていたのに ―――。
 先生の顔を見る為に、週に一度だけ、放課後の美術室に遊びに行ってた。絵に関しては厳しいあの人だから、僕の甘えた行動が逆鱗に触れたのかもしれない。

 晩御飯も食べずに、部屋に閉じこもったまま、ベッドにもたれてぼうっとしていた。
 あと少しで夏休み。
 去年の夏休みは、部活で毎日学校に行った。先生から不意打ちを食らって、二人きりでドライブもした。手を繋いで花火を見た。あのときの先生は、今日みたいな冷たい横顔じゃなかった。
 今年も夏季特別講習で学校に行くけど、もう美術室には遊びに行けない。今年の夏は、先生に会えない。もしかしたら、二学期がはじまっても……。それは、かなり堪えるなぁ。考えただけで、このまま床に沈みそう。
 そんなの嫌だ。どうすればいい。考えたいのに、ショック状態の頭は上手く働かない。

 コンコン、と控えめにノックの音が聞こえて、顔を上げた。
「おーい、大丈夫かぁ?」
 のんきな呼びかけは、義理の兄さんの声だ。彼は、ひょこっと顔を覗かせて、眉をしかめた。
「……体調悪いのか。メシも食えない?」
 胸が痛むだけで、どこも悪くは無い、と思う。無言で首を振ると、ちょっと迷った後、兄さんは部屋に入ってきた。
「らしくねーな。悩み事か?」
 うん、と素直に頷いてしまっていた。この迷路みたいな思考に突破口ができるのなら、何にでもすがりたかった。恥も何もない。
 兄さんは驚いた顔をして、一度ドアを閉め、しばらくしてからシュークリームとハーブティーを持ってきた。
「ま、とりあえず茶だな。落ち着け」
 そんな余裕ないんですけど。そう思いつつも、フルーツが挟まったシュークリームはおいしそうで、つい手にとってしまった。ひと口。あ、美味い。ハーブティーからは、カモミールの匂い。姉さんが毎晩飲んでる紅茶だ。
「話せることなら、聞くけど?」
 図体も口もでかい兄さんは、シュークリームを豪快に二口で食べて、指についたクリームを舐めながら、なんでもないことのように言った。
「僕、好きな人に、相手にされてないんだ」
 はあ、とため息を吐いたのと、兄さんが紅茶を吹き出すのが同時だった。
「ゆ、唯人……まさかと思うけど、その相手って、春頃に店に来た、あの?」
 あ、そっか。佐々木先生、ウチのカフェに来たときに、見られてたんだ。あの時はうまく誤魔化したつもりだったけど、やっぱ僕の好きな人だって、バレてたか。
「うん、先生。まあ、そこはどうでもいいんだけどさ」
「いや、よくないだろ」
 いいんだってば。つっこまないでよ。
「最初は相手にされなくても、ずっと言ってれば、そのうち本気にしてくれると思って頑張ってたんだ。あの人も、別に迷惑そうじゃなかったし、むしろ自惚れてもいいんじゃないかっていうくらい、優しいときもあって ――― 」
 もう両思いみたいに、思ってた。
「でもさ、なんか急に、もう部活に来るなって言われた。確かにこの時期にまだ部活行ってる僕が変なんだけど、そしたら、もう顔も見えないんだよ。偶然校舎のどこかで見かけるだけなんて嫌だけど、先生にあんなにきっぱり拒絶されたのに会いに行ったら、絶対嫌われるし。
 というか、嫌われてるんだ、きっと。あんな風に言われるってことは」
 話しているうちにどんどん悲観的な確信が湧いてくる。
「ええと、話が見えないんだが。先生に何て言われたんだ?」
「無駄に美術室に来るなって」
「それさぁ、心配してんじゃねえの? 唯人、受験生だろ。放課後、同級生が勉強してる時間に、美術室に行ってるわけだろ。勉強の邪魔してるって、先生、思ったんじゃねぇ?」
「だから、週に一回しか行かなかった」
 本当は毎日行きたかったけど、それはさすがに無理で。僕も受験対策の補習はちゃんと受けてる。塾は行ってないから、その分学校での勉強時間は目いっぱい活用しなきゃ。
「じゃあ、直接聞けよ」
「直接って……なんて?」
「嫌いになったんですか、って聞けばいいじゃないか」
 そんな! うん、って頷かれたら再起不能だ。
「そうやって腐ってるよか、いいと思うぜ。いっそきっぱりフラれりゃ、他の女に目も向くさ。まわりに可愛い子いっぱいいるだろ」
 キレイって言うだけなら、去年卒業した辻先輩とか、まぁ後輩の茅野も可愛い部類なんだろう。悪友の圭一なんかは、僕の方が可愛いとかムカつくことを言うけど。でも、佐々木先生より魅力的な人なんて思い浮かばない。
「僕、女友達多いから、もうあんまり意識しないんだよね。クラスメイトとか、全然女って感じしない。相変わらず、唯ちゃんって呼ばれるし、どっか遊ばれてるし。だから、恋愛対象として見られない」
「……年上が好みなのか」
 年上、ってカテゴリじゃなく、佐々木先生がいいんだ。どうせ、その視野の狭さがダメなんだ、とか言われるに決まってるから、言わないけど。
「まあ、一回ぶち当たってこいよ。失恋も一回ぐらい経験しとけ」
「 ――― 僕だって、失恋ぐらいしたことある。もう十七なんだよ」
 そうだったな、って兄さんはトレイを手にして立ち上がった。大きな手でぐりぐりと頭を撫でられる。いつだって子供あつかいだ。でも、こうやって家族の中で話ができる人がいるのは心強い。母さんや姉さんに恋愛関係の話は絶対したくないし、出張ばかりでほとんど家にいない父さんに相談するなんて、想像もできない。
「とりあえず、ちゃんとメシ食って、ちゃんと寝ろ。そしたら落ち込み方も幾分マシになる」
 手招きされて、おとなしく一緒に部屋を出た。たぶん、母さんか姉さんに、様子を見てきてって頼まれたんだろう。キッチンのテーブルには、ちゃんと僕の分のご飯がラップされていた。リビングにいる姉さんが、ちら、とこっちに視線を寄越して、ふふ、と笑った。
 オムライスを食べて元気が出た僕は、少し単純かも。



 翌日、兄さんのアドバイスに触発されたわけじゃないけど、とりあえず先生に会いに行こうと思った。放課後美術室に行ったら怒られそうなので、狙うのは昼休み!
 気合を入れて行ったのに、美術準備室には村上先生ただ一人。
「佐々木先生なら、たぶんタバコ休憩だと思いますよ。南門のところで」
 ……あんな喫煙組の教師が溜まってるとこに行けません。チュッパチャップスで我慢してればいいのに。でも、昼休みアウト、放課後もアウトって、授業合間の休み時間に急襲しかない? や、でもそんな5分で話せる内容でもない気がするし。
 それでも一週間あれば校内のどこかで偶然会うだろう、と楽観的に考えていたら、あっという間に終業式。やばい、時間ばっかり過ぎていく。
 今日は部活もないし、式が終わったら美術室に顔を出そうと決心していた。こんな風にもやもやしたまま、なし崩しに会わなくなるのは嫌だった。
 淡々と続く終業式の間、体育館は蒸し暑くて、ぼんやりとしていた。さっさと、終われ。そう祈っていた僕の耳に、いきなり先生の名前が飛び込んできた。

「えー、美術の佐々木先生は、本日より三週間、海外研修のため不在です。新学期からは、むこうで吸収したものを役立ててくれることでしょう ――― 」

 壇上の校長の話はまだ続いていたけれど、もう何も聞こえなかった。
 先生の誰かが海外研修って噂は聞いてた。でも、まさか佐々木先生だなんて。三週間もいないなんて、一言も聞いてない。僕には何も、言ってくれなかった。
『君には、言うよ』
 三月、先生が転勤になるんじゃないかと悩んでいた僕に、先生は優しい声でそう言った。嬉しかった。何かあったら話してくれると、安心してた。
 今回の「部活参加禁止」も、きっと理由があるんだと、そう思ってたのに。
 ――― 僕は本当に、先生にとって、どうでもいい人間になったのかもしれない。


05.03.08

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