少年ロマンス 第6話 ☆ KISS××× <※2004年バレンタイン企画> ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
放課後、どきどきと胸を高鳴らせながら部活に行った僕は、美術準備室の扉を開けた途端にコケそうになった。 「……佐々木先生、貰い過ぎです」 「モテる女も辛いんだよ、東郷」 コーヒー片手にシガレットチョコを咥えているのは、今更だけれど僕の心を鷲掴みにしている美術教師の佐々木千代先生だ。一緒に花火を見たときより伸びた髪は、鎖骨にかかるくらいの長さ。邪魔そうに前髪をかきあげて、優越感に満ちた微笑みを浮かべた。 準備室入り口側の佐々木先生の机の上には山積みのチョコレートがあった。もちろん、奥で笑ってる村上先生の上にも明らかにそれとわかる箱がいくつか。にしたって、なんで佐々木先生こんなに貰ってんだ!? 性別間違ってないですか……。 「佐々木先生は女生徒に人気あるからね」 村上先生はクリアファイルを鞄に入れながら、おっとりと笑った。 「村上先生も大人気じゃないですか。デジタルの女子部員、上で待ってますよ?」 佐々木先生が軽く言うと、村上先生は椅子から腰を上げて、チョコを小さな紙袋にまとめた。 「ははは、所詮私が貰うのは義理チョコですよ」 「……私のも義理ですが」 村上先生、さりげなく天然なのか? 佐々木先生との会話は、微妙にズレていて面白い。 「それでは、私は上へ」 村上先生は鞄を小脇に抱えると、四階にある美術部デジタル部門の部活場所・コンピューター室へ行ってしまった。ガタン、と重い音をたてて金属製の扉は閉まった。佐々木先生と二人になると、ストーブの上に置かれたヤカンがしゅんしゅん言う音と、コーヒーの香りがやけに気になった。 「今日は早いね」 先生の言葉に顔を上げる。相変わらずシガレットチョコを咥えたままだった。じっと見上げてくる目は楽しそうだ。SHRが終わってから走ってきた。もし先生が何かくれる気なら、その為の時間がいるはず。二人きりになれる機会なんて、つくらなきゃできない。 「……早めに来たんです。先生、確か去年もたくさん貰ってましたね」 先生の机の上、色とりどりの包装紙を見ていた。今朝僕が包んだ、ウチの店の限定生チョコがちらりと見えた気がしたけれど、あえて凝視しなかった。深く考えると怖い。誰が予約までしてそのチョコをプレゼントしたというのだ。 「嫉妬してるの?」 あからさまに問われて、思わず口をついて出た言葉は 「先生、誰かにあげたんですか?」 だった。……思い切り肯定したよ、あああ。先生の満足そうな顔! 憎らしいぐらいだ。いや綺麗だけど、見惚れるけど、そういう顔も好きだ。いや、そんなことはどうでもいい。先生が僕以外にチョコをあげたかどうかが重要。 「さあねぇ? それよりも、アタシ、TOGOのチョコレート、楽しみにしてたんだけど」 そういうことは早く言って下さい。知ってたら、パティシエの姉に協力してもらって特製チョコ作ったのに。 「僕も、先生から貰えるかどうか、楽しみにしてましたよ?」 厭味を込めて言い返すと、先生は、そう、と短くつぶやいて、机の上に出したままのシガレットチョコを、また一本取り出した。ぺりぺりとチョコの包み紙を剥がす。先生の爪が蛍光灯の明かりを跳ね返した。今日のマニキュアはゴールドブラウン。 今年も空振りっぽいな。仕方ないか。別につきあってるわけでもない。先生から好きと言われたわけでもない。それでも、どこか特別扱いされてる自負はあったのに。 「唯人」 急に名前で呼ばれて驚いた。先生は俯いてまだ紙を剥がしている。 「鍵、閉めて」 準備室に入ったところで立ちすくんでいた僕は、言われた通り鍵を閉めた。金属製の扉は、外気と同じ温度で、触れた冷たさに肩の力が入った。 ぺりぺりという音が止んで、先生は顔を上げた。僕の正面に立つ。先生はその赤い唇に、徐に煙草の形のチョコレートを咥えると、僕の目を正面から見つめてきた。 「これでよければ、あげる」 僕の顔から50センチのところに、佐々木先生の顔があった。もう目線は同じじゃない。僕が少しだけ先生を見下ろす。 先生はシガレットチョコを咥えたまま、ゆっくり瞼をおろした。口元は笑っているように見えた。半分ふせた睫の向こう、僕を窺うような冷静な黒い瞳 ――― この誘惑に耐えられる男なんているだろうか? 僕は意を決すると、半歩前に出て、先生が咥えたままのシガレットチョコの端に唇をつけた。先生と目を合わせたまま。シガレットチョコの長さは10センチもない。 僕はそれ以上見つめ合うことができなくて、目を伏せて、ただ赤い唇を見ていた。甘い香りは、先生のものなのか、チョコレートからなのかわからない。そんな判断はとっくに出来なくなっていた。心臓の音が馬鹿みたいに大きく聞こえて。 僕はたまらず、先生を抱きしめようと手を伸ばした。 Side:C 唇が触れ合う前に、シガレットチョコは割れた。唯人が、背後で聞こえた人の声とドアが揺れた音に驚いて、反射的に歯をたてたのだ。唯人をずっと見つめていたからわかる。彼の両手は、アタシの肩に触れる寸前で弾かれたように止まった。固まったまま、途方に暮れた目でアタシを見てるのがおかしかった。 あーあ、せっかくのチャンスだったのに。唯人の意気地なしめ。 「千代ちゃん、いねーの?」 廊下から聞こえてきたのは、音楽の矢野クンの声だった。微妙に顔色が変わった唯人に、声は出さずに奥のドアから美術室に行くよう指差して指示すると、素直に準備室を出て行った。名残惜しそうにこっちを見ながら。 そんな顔されると困るんだけどね。 ――― 唯人が視界から消えても、口の中に残る甘さは消えなかった。 唯人をからかったのか、本気だったのか、アタシ自身にだってわからない。やりたかったから、しただけ。興味があった。この子はどんなキスをするんだろう。 いくらなんでも、アタシが唯人にチョコレートをプレゼントするわけにはいかない。部長にあげれば、部員全員にあげなきゃならないし、唯人が望んでるのは、結局物ではないから。 まあ、これ以上期待持たせて焦らすのも可哀想でしょ。もう十分期待させ過ぎという意見は却下。 鍵を開けると、眼鏡の向こうできょとんとした目が瞬きをした。 「千代ちゃん一人?」 「そう。服に絵の具がついたから、着替えてた。何の用?」 「何の用って、チョコ貰いにきたんだよ」 ニヤリとした笑顔に、無言で扉を閉めようとした。 「や、冗談だって。逆。チョコ引き取ってよ、俺苦手なんだ。1個でも持て余すのに」 小声で告げられた言葉に納得。男性相手にチョコレートを大量にあげると、本人以外の口に入ることも多い。そもそも、甘いもの好きな男って少ないんだよ。 「生徒にバレないように、でしょう?」 「そう。頼むわ」 矢野クンは準備室に入ると、上着の中に隠していた袋を取り出した。この男も、結構モテるんだ。こうやってプレゼントを処分するような人でなしのくせに。 「ヤノッチ、愛しのハニーからのチョコは食べるの?」 彼の恋人は、三年の辻真咲。矢野クン、恋人から貰ったチョコはどうするつもりなんだろう。 「チョコはいらないって言ってある。何を貰えるか楽しみにしてんだよ。休日のバレンタイン、最高だよな。一日中一緒に過ごせる」 君たちはね。はいはい、よかったね。 矢野クンは興味深そうにアタシが貰ったチョコを物色していた。俺より多い、とぼそりとつぶやいているのが笑える。男はプライドの生き物。本当だ。 矢野クンの手が、ちらばったシガレットチョコに伸びた。 「懐かしいな、コレ。一本貰える?」 「あげない。これ、ヤノッチ用じゃないんだよ、悪いけど」 訝しげな表情を浮かべる矢野クン。アタシは義理で何かをあげたりはしない。唯人以外にあげてしまったら、彼の気持ちに失礼でしょう。 アタシはシガレットチョコを指に挟んで遊びながら、ふと矢野クンに訊いてみた。 「もし辻が、このチョコ咥えて“食べて”って言ってきたら、どうする?」 「チョコごと唇奪って、押し倒すね」 何の躊躇もなく真顔で答えられて、この男ならやりかねないな、と思った。 ――― アタシはやっぱり、間接キスで真っ赤になってる唯人の方がいい。 さぁ、次はどうやって遊ぼうか。とりあえず、ホワイトディ、唯人のリベンジを楽しみにしましょうか。 (kiss×××/END) 04.02.13 |