少年ロマンス
第5話 ☆ Reserved(2)

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「特別ゲストの登場でーす!」
 マイクを通した司会の声が響いた。呼ばれている。途中までしか吸ってないタバコを、矢野クンの携帯灰皿に押し込んで、スッと立ち上がった。頑張れ、というように手を振って、騒ぎに巻き込まれないうちに立ち去る音楽教師は、お調子者だがイイ男だと思う。
 アタシは鏡の前でマリアヴェールを被った。別人だ、別人。ふわりと胸元に触れるエクステの冷たさ。
 扉を開けると、打ち合わせどおり、美術の村上先生がタキシード姿で待っていてくれた。演出的には、さしずめ花嫁の父でしょうか。差し出された手に右手を重ねる。ちゃんと手袋もしているのだよ。
「エスコートありがとうございます」
「いや、光栄だよ。隣を歩けて」
 赤い絨毯を進む。『誰?』とざわめく生徒の声を掻き消すように、
「ゲストの佐々木千代先生に拍手ー!!」
 と司会の声が。そして体育館内は一気にどよめいた。いいリアクションだ。化けた甲斐があるというものよ。髪長くしただけで結構印象変わるからね。歓声と拍手に満足しながら進む。
「千代ちゃーんッ! 結婚してー!!」
 ……どこの馬鹿だ、叫んでるヤツ。思わず顔を向けると、去年美術を選択していた三年の男子生徒が、大きく手を振って意思表示していた。体は大人でも、やることは可愛い。
 そして、どうしてまだ通路の途中なのにマイクを持ってくるんだ、放送部員。答えろって? こんなジョークに? 
「 ――― 予約済みだよ、悪いね」
 少し微笑んでそう答えると、やっぱり体育館の中はすごい騒ぎになった。リップサービスが過ぎたか。まあ、でも、嘘じゃないし。
 舞台へと続く階段を登りながら、さりげなく体育館を見渡すと、美術部員は体育館横の出入り口に固まって立っていた。拍手を送る女子部員の中、呆然と立ち尽くしている唯人。アタシと目が合うと、ぱちぱち瞬きして、そしてゆっくりと笑顔を見せてくれた。

 君は知らないんだろうね、その笑顔がどれだけアタシを安心させるか。

 村上先生のエスコートは舞台下まで。舞台の上では、六人の花嫁が並んでいるというすごい状態。まさか学校の体育館でこんな光景が見えるとは思わなかった。その中の一人がアタシだとは、笑える。
 司会が花嫁たちに順番にお話を聞いて、最後にきっちりアタシまでマイクを回してきた。何を話せというんだ、何を。
「いつもクールな千代先生ですが、今日はキュートです。ヴェール取っていただけますか?」
「嫌です。これ取ると、本性バレるから」
 ニッコリ笑うと、司会の男子生徒の頬が赤く染まった。初々しいなぁ。
「そうですか……。
えー、先ほどの予約済み宣言は強烈でしたが、お相手は僕らの知ってる人なんでしょうか?」
「ご想像にお任せします」
 火に油を注ぐような発言をしてしまう。だって、面白いから。彼らの視線は全部仲良しの音楽教師に向けられる。どんどん誤解をしてくれればいい。ウワサは隠れ蓑。その陰で、アタシも彼も、本当に大事な人を見ていられる。



 ドレスはくれるというので、遠慮なくもらった。記念に。たぶん、二度と腕を通さないだろうけれど、作ってくれた彼女たちの気持ちが嬉しかった。
 ショーが終わって、舞台下に下りると、一緒に写真を撮って欲しいという男子生徒が少数、女生徒が多数待っていた……この男女比はどうなのだ。とりあえず美術部員全員をはべらせて集合写真を撮り、後は時間制限の中で(舞台では次のイベントの準備が着々と進んでいた)、希望者とツーショット。仲良しの先生は言うに及ばず、知らない生徒までわらわらと寄ってきた。
 ――― けれど、最後まで唯人は来なかった。真っ先に隣に来ると思っていたのに。

 着替えて美術室に戻ると、ほとんど片付け終わって、部員も帰るところだった。あとを部員に任せて、村上先生と看板の片付けに向かう。そして日が暮れかけた頃、再び美術室に戻ると、きれいに片付いた後だった。
「あ、村上先生、もういいですよ。あと閉めておきます」
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
 昨日から風邪っぽい村上先生は、申し訳無さそうにして帰って行った。美術室から、女子部員の声が響く。
「千代ちゃーん、唯ちゃん先輩が起きませーん」
 ……唯人が? 見に行くと、衝立の向こうの画材置き場で、古い椅子に座って壁に凭れて唯人が寝ていた。
「東郷」
 名前を呼んで肩をたたくけれど、一向に起きる気配はない。そういえば、夏休みにドライブした帰りも、寝こけた唯人を起こすの大変だったな……。さて、どうする。
「 ――― そのまま寝かしておいて。アタシ、もう少しここに居るから」
「いいですか? 唯ちゃん、今日すごい頑張ってましたからね。疲れちゃったんじゃないかな」
 そうかもしれない。今朝も早くから学校来て、フェイスペイントの図案コピーしてたしね。ちゃんと『部長』をこなしてる。偉いぞ。

 みんな帰って、美術室にはアタシと唯人だけになった。帰り支度をして、ゆっくりコーヒーを煎れる。一人分だけ。どうせ唯人は起きやしない。
 熱いカップを手にして、再び唯人を見に行くと、やっぱり寝ていた。
「 ――― お疲れ様」
 上から見ると、睫が長いのがよくわかる。ビューラーで、くるんってしたくなる。髪も相変わらずサラッサラだし。ああ、でも、腕とか男らしくなってきたな。指も……って、コレは?
 唯人の手を何気に見て、驚いた。軽く組まれた指。左手の親指の爪に ――― 金色と白のクローバー。アタシの爪と同じペイント。思わず自分の爪を確認したら、ふ、と笑い声が零れた。
 印付けられてるよ。いつの間にこんなこと考え付いたんだろう? 予約済みの印ですか。四葉のクローバー、幸運のおまじない。唯人は本当にロマンティストだ。

 すやすや寝ている唯人の髪をかきあげる。頬に触れる。まだ起きない。キスで起こすのがセオリーだけれど、止めた。唯人の場合、シャレにならない。正攻法で鼻をつまんでみた。成功。
「 ――― ぅわッ!?」
「うわ、じゃない。こんな寒いところで寝てちゃ駄目でしょう。みんな帰ったよ」
 しばらく固まったあと、唯人はじっとアタシを見て、柔らかく微笑んだ。
「よかった、いつもの先生だ。ドレス着てたとき、なんか近寄り難くて」
 どういう意味にとればいいんだか。大人気なく追求するわけにもいかず、話題を変える。
「それより唯人。コレの意味は?」
 クローバーが描かれた爪を目の前にかざすと、困ったように彼の目が泳いだ。さりげなく自分の爪を隠してるけど、もう見つけたよ。あからさまに唯人の爪を見ていると、観念したような溜息。
「あー、なんていうか……ちょっとした悪戯です」
「アタシにも内緒で?」
「 ――― だって、イヤでしょう。先生、こういうペアみたいなの、嫌いでしょう?」
 そう、嫌い。束縛の印なんて。でも。
「結構、気に入ったけどねえ?
 まあ、唯人にはあのドレスも不評みたいですし。アタシと二人で写真撮らなかったもんね」
 コーヒーを一口啜って、目を細めて厭味っぽく唯人を見ると、目に見えて動揺していた。急に立ち上がってすぐ側にあったイーゼルに膝を打ち付けるくらい。
「ちっ、違います! 制服で並ぶのがイヤだったんですよ!!」
 ふぅん。そうですか。正直、アタシは撮りたかったんだよ、ここだけのハナシ。絶対口にはしないけれど。
「 ――― 俺は、いつかちゃんとタキシード着て先生の隣に立つから、いいんです!」
 言われた意味を理解するのにしばらくかかった。ウェデングドレスの隣にタキシードって、君ね。
 アタシは、ふふ、と笑いながら腕組みした。赤くなった唯人としっかり目を合わせる。
「唯人、夢見すぎだよ」
「どっちが。先生が先に言ったんじゃないですか、予約済みだって。体育館で」
「……自分のことだと思ったの?」
「えっ、違うんですかッ!?」
 答えずに背中を向けた。先生、という声のあとに何かが倒れる音。ああ、立てかけてたキャンバス倒したな、これは。唯人、体が寝ぼけているよ。振り返りもせずにその場をゆっくりと離れて、アタシは笑う。
 唯人といると、昔の自分を思い出す。誰かを好きになって、一生懸命で、傷つくことをまだ知らなくて。もうそんなのはごめんだと思っていたのに。

 ――― 爪に四葉のクローバー。
 こんな子供だましのおまじないに浮かれるのも悪くないと、そう思いはじめていた。


(Reserved/END)
04.02.02

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