少年ロマンス 第5話 ☆ Reserved(2) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ドレスはくれるというので、遠慮なくもらった。記念に。たぶん、二度と腕を通さないだろうけれど、作ってくれた彼女たちの気持ちが嬉しかった。 ショーが終わって、舞台下に下りると、一緒に写真を撮って欲しいという男子生徒が少数、女生徒が多数待っていた……この男女比はどうなのだ。とりあえず美術部員全員をはべらせて集合写真を撮り、後は時間制限の中で(舞台では次のイベントの準備が着々と進んでいた)、希望者とツーショット。仲良しの先生は言うに及ばず、知らない生徒までわらわらと寄ってきた。 ――― けれど、最後まで唯人は来なかった。真っ先に隣に来ると思っていたのに。 着替えて美術室に戻ると、ほとんど片付け終わって、部員も帰るところだった。あとを部員に任せて、村上先生と看板の片付けに向かう。そして日が暮れかけた頃、再び美術室に戻ると、きれいに片付いた後だった。 「あ、村上先生、もういいですよ。あと閉めておきます」 「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」 昨日から風邪っぽい村上先生は、申し訳無さそうにして帰って行った。美術室から、女子部員の声が響く。 「千代ちゃーん、唯ちゃん先輩が起きませーん」 ……唯人が? 見に行くと、衝立の向こうの画材置き場で、古い椅子に座って壁に凭れて唯人が寝ていた。 「東郷」 名前を呼んで肩をたたくけれど、一向に起きる気配はない。そういえば、夏休みにドライブした帰りも、寝こけた唯人を起こすの大変だったな……。さて、どうする。 「 ――― そのまま寝かしておいて。アタシ、もう少しここに居るから」 「いいですか? 唯ちゃん、今日すごい頑張ってましたからね。疲れちゃったんじゃないかな」 そうかもしれない。今朝も早くから学校来て、フェイスペイントの図案コピーしてたしね。ちゃんと『部長』をこなしてる。偉いぞ。 みんな帰って、美術室にはアタシと唯人だけになった。帰り支度をして、ゆっくりコーヒーを煎れる。一人分だけ。どうせ唯人は起きやしない。 熱いカップを手にして、再び唯人を見に行くと、やっぱり寝ていた。 「 ――― お疲れ様」 上から見ると、睫が長いのがよくわかる。ビューラーで、くるんってしたくなる。髪も相変わらずサラッサラだし。ああ、でも、腕とか男らしくなってきたな。指も……って、コレは? 唯人の手を何気に見て、驚いた。軽く組まれた指。左手の親指の爪に ――― 金色と白のクローバー。アタシの爪と同じペイント。思わず自分の爪を確認したら、ふ、と笑い声が零れた。 印付けられてるよ。いつの間にこんなこと考え付いたんだろう? 予約済みの印ですか。四葉のクローバー、幸運のおまじない。唯人は本当にロマンティストだ。 すやすや寝ている唯人の髪をかきあげる。頬に触れる。まだ起きない。キスで起こすのがセオリーだけれど、止めた。唯人の場合、シャレにならない。正攻法で鼻をつまんでみた。成功。 「 ――― ぅわッ!?」 「うわ、じゃない。こんな寒いところで寝てちゃ駄目でしょう。みんな帰ったよ」 しばらく固まったあと、唯人はじっとアタシを見て、柔らかく微笑んだ。 「よかった、いつもの先生だ。ドレス着てたとき、なんか近寄り難くて」 どういう意味にとればいいんだか。大人気なく追求するわけにもいかず、話題を変える。 「それより唯人。コレの意味は?」 クローバーが描かれた爪を目の前にかざすと、困ったように彼の目が泳いだ。さりげなく自分の爪を隠してるけど、もう見つけたよ。あからさまに唯人の爪を見ていると、観念したような溜息。 「あー、なんていうか……ちょっとした悪戯です」 「アタシにも内緒で?」 「 ――― だって、イヤでしょう。先生、こういうペアみたいなの、嫌いでしょう?」 そう、嫌い。束縛の印なんて。でも。 「結構、気に入ったけどねえ? まあ、唯人にはあのドレスも不評みたいですし。アタシと二人で写真撮らなかったもんね」 コーヒーを一口啜って、目を細めて厭味っぽく唯人を見ると、目に見えて動揺していた。急に立ち上がってすぐ側にあったイーゼルに膝を打ち付けるくらい。 「ちっ、違います! 制服で並ぶのがイヤだったんですよ!!」 ふぅん。そうですか。正直、アタシは撮りたかったんだよ、ここだけのハナシ。絶対口にはしないけれど。 「 ――― 俺は、いつかちゃんとタキシード着て先生の隣に立つから、いいんです!」 言われた意味を理解するのにしばらくかかった。ウェデングドレスの隣にタキシードって、君ね。 アタシは、ふふ、と笑いながら腕組みした。赤くなった唯人としっかり目を合わせる。 「唯人、夢見すぎだよ」 「どっちが。先生が先に言ったんじゃないですか、予約済みだって。体育館で」 「……自分のことだと思ったの?」 「えっ、違うんですかッ!?」 答えずに背中を向けた。先生、という声のあとに何かが倒れる音。ああ、立てかけてたキャンバス倒したな、これは。唯人、体が寝ぼけているよ。振り返りもせずにその場をゆっくりと離れて、アタシは笑う。 唯人といると、昔の自分を思い出す。誰かを好きになって、一生懸命で、傷つくことをまだ知らなくて。もうそんなのはごめんだと思っていたのに。 ――― 爪に四葉のクローバー。 こんな子供だましのおまじないに浮かれるのも悪くないと、そう思いはじめていた。 (Reserved/END) 04.02.02 |