少年ロマンス
第4話 ☆ Reserved(1)

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 約束は信じない。
 束縛は嫌い。
 それでも、どこかで知っている。
 ――― 君だけは嘘をつかない、と。



 11月初旬、文化祭初日の校内は混雑していた。どうして公立高校なのに招待状配っちゃうんだろうね、この学校は。一般客も混じって、どの教室もにぎわっていた。
 美術部顧問のアタシ、佐々木千代さんも、本来なら忙しく部のイベント会場にいるべきなんだが、そこは有能な部長に任せて、こうしてカフェと化した調理室でのんびり紅茶とケーキで癒されていたりする。「家庭クラブ」なんて大和撫子一直線な部に属する生徒の気は知れないけれど、彼らが作ったケーキの味は中々だった。紅茶もおいしい。好きこそものの上手なれというけれど、十代後半の生徒たちは、好きなことには手間隙を惜しまない。そこはやはり、賞賛に値するね。
 二個目のケーキを頼もうか迷っていると、呼び出しがかかった。
「美術の佐々木先生、体育教官室までおいで下さい。繰り返します……」
 ――― 放送で呼び出さなくてもいいと思うけど。
 立ちあがったアタシに、一緒にお茶していた書道の服部先生が笑いかけてくる。
「千代さん、例のヤツ?」
「そう、例のヤツ。行ってくるわ」
 意味深な会話をして体育教官室に向かう。今日の隠れたイベントのゲストがアタシ。教職員でも限られた人しか知らないトップシークレット。そこまでひた隠しにする意味あるのか疑問だけど、面白いので部員にも内緒にしている。美術の村上先生はご存知です。
 廊下を歩いていると、フェイスペインティングをしている人がちらほら。金や赤の極彩色で、アジアンチックな文様が目立つ。いい出来。今年の美術部のイベントがコレなんだ。こっそりアタシの左手の親指の爪にも、金色と白のアクリルガッシュで四葉のクローバーが描かれている。今朝、遊び半分に唯人が描いてくれた。好評だけど、なんでまたクローバーなんだろう。蝶の方がアタシらしいでしょうに。

 考え事をしながら歩いていると、すぐに目的地に着いてしまった。体育館の一部にある体育教官室に入ることは滅多にない。『被服クラブ関係者以外立入禁止!』と張り紙されたドアを軽くノックして開けた。
「失礼します」
 中に入り、素早く後ろ手にドアを閉める。
「佐々木先生、お待ちしてましたよ」
 柔らかい微笑みで迎えてくれたのは、定年間近の家庭科担当・駒沢先生。みんなのお母さんという感じのこの女性は、少し苦手だった。もう何年も会っていない母を思い出すから。
 駒沢先生の背後では、五人の生徒が着替えの真っ最中。近頃のお嬢さん方は、本当に発育がよろしくて、同性のアタシでも目のやり場に困る。逸らした視線で、壁際に置かれたトルソを捉えた。
「……アタシが着るのって、コレ?」
 思わず、ほぅ、と溜息が漏れた。シンプルなクリーム色のドレスは、ホルターネックの上と、ラップスカートになった下の二部式になっていて、マーメイドラインのスカートは、膝から下に広がるスリットから、真っ白なレースがたっぷりとのぞいていた。
「力作でしょー! 千代センセ、白のドレスはイヤって言ってたから、クリーム色で」
 ジー、とファスナーを上げる音が響いた。着替えながら、被服クラブの生徒たちは嬉しそうに笑顔を向けてくる。まさかここまで本格的なドレスを作るとは思ってなかった。すごいわ、このコたち。
 
 アタシが頼まれたのは、被服クラブの作品発表という名のフッションショーのゲストだった。テーマはウェディングドレス。夏休み返上で作ったというだけあって、一人一人なかなか凝ったドレスを作っている。すばらしい。生地が余ったので、今度は五人で一着作ろう、という話になったらしく、なぜかモデルに白羽の矢が立ったのがアタシ。理由は? と聞くと、ドレス姿が見たかったから、と即答された。断る理由もないので引き受けた。言われた通り、採寸した8月から体型は変えてない。
「センセ、ちゃんとビスチェ持ってきてくれました?」
「ん、ここにあるよ」
 事前に言われていたので、ちゃんと自前で用意した。これだけ肩やら背中やらが出るドレスなら、ビスチェは必須だろうな。しかし、コレ、ホントに着るのか……。
「あと十五分したら、メイク係来ますよ、早く着替えて下さいねー」
「……メイク係って、誰」
「ウチのクラスで一番メイク上手なコ。ほんっとに上手だから!」
 にっこり笑われても、どう反応しろと。っつーか、アタシ、顔いじられるの苦手なんだけど。まあ、いいか。お祭りだし、イベントだし、とことん付き合ってあげましょう。
 教官室から続く小さなロッカールームに入り、さっさと服を脱いで、ブラも外してビスチェを身につける。トルソからドレスを取って、駒沢先生に手伝ってもらって着ると、当然ながらピタリと体のラインに沿って、着心地は最高。
「 ――― どう?」
 ホルターネックのリボンを結んで教官室に戻ると、被服クラブ女子五名が揃って拍手してくれた。
「キレー! 千代センセ、めちゃくちゃ似合いますッ」
「あ、コレ仕上げに掛けて下さい。髪整えてから」
 手渡されたのは、クリーム色のレースで作られたマリアヴェール。その軽さと儚さに、ふと笑ってしまった。清楚で綺麗だ、アタシには似合わないくらいに。



 扉の向こう、体育館から歓声が上がっている。教官室の扉から舞台まで、演劇部に借りた赤い布を敷いている最中だ。被服クラブは全員ドレスを着てスタンバイしているので、彼女たちの友達が手伝ってくれてるらしい。プログラムには『作品発表/被服クラブ』としか書いてないし、何が始まるのかワクワクしながらたくさんの生徒たちが待ってるんだろう。
 ドレスを着たあと、生徒の手によってメイクされ ――― しかし、本当に上手だよ、このメイク。メイク道具もいいの持ってるし。本当、好きこそものの上手なれ ――― 生徒の手によって髪をいじられ、エクステをつけられ、自分でも見たこともない程ウツクシク化けたアタシ。見せたいような、見せたくないような。

 ショー開始5分前。鏡の前でみんな最後のチェックを欠かさない。前髪上げるのと横に流すのどっちが可愛いかなぁ、なんて悩んでる。そんな仕草も全部、腹立たしいほどに可愛い。
 やっぱり、引き受けるんじゃなかったな。こういうドレスは、アタシには似合わない。デザインの問題じゃなくて ――― アタシらしくないと、思うから。
 まあ、今更イヤだと言うつもりはないけれど、乗り気ではなくなっていた。
「悪い、タバコ吸っていいかな? 一本だけ」
 どうぞー、とみんなの声が揃った。駒沢先生は、司会の放送部員のところに行って居ないので好都合。タバコ、タバコ……切らしてるし。買い置き、美術室にあったな。
脱いだ服のポケットから、携帯電話を取り出した。
「あ、矢野先生? 悪いんだけど、美術準備室にあるラッキーストライク一箱持ってきて下さい。体育教官室の窓まで。三分以内ね」
 何か喚いている音楽教師との会話を一方的に切って、ドレスを捲って椅子に腰掛けた。奇妙に静かになったので、生徒たちを振り返ると、意味ありげな微笑み。
「……言っておくけど、矢野先生にこの格好見せたいとかじゃないから」
「誰もそんなこと言ってないですぅー」
 いや、視線が語ってるんだよ、視線が。その笑い方がっ。

 そして、きっかり三分後に息を切らせた音楽教師がガンガン窓を叩いたので、笑いもせずに開けてあげた。無表情に見下ろすと、怒りにつりあがっていた眼鏡の奥の彼の目が、驚きに見開かれた。どうだ、驚いたか。
「……千代ちゃん、その姿は」
「どうよ、綺麗? 似合う? ああ、タバコありがとう」
 不自然に差し出されたままの矢野クンの手からラッキーストライクの箱を受け取ると、さっさと封を切って一本咥えた。ふぅー、と煙を吐き出すと、スピーカーから曲が流れ始めた。ウェディングソング。一番最初の子が、緊張気味に教官室を出て行った。途端に、きゃー! と嬌声が上がる。おお、盛り上がっている。
「えらく色っぽい服着てるな。寒そうだけど」
 いつの間にか窓枠に腰掛けた矢野クンが、アタシをじっと見ていた。なーんかヤラシイな、視線が胸の谷間集中ってカンジだ。こっちも目を 眇 ( すが ) めて無言で睨んでいると、矢野クンは慌てて視線を逸らした。
「そんな胸元開いたドレス着てたら、見るでしょ、そりゃ。似合ってるよ」
「オートクチュールだよ、いいでしょう」
 ニヤリと笑いあう。この男は共犯者だ。アタシと矢野クンは、認めたくないけれどとても似ている。性格も、やることも。
「ガラじゃないんだけどね、こういうドレス。ものすごく嬉しいんだけど、キャラクター違う気がして」
 生徒に聞こえないように、ひっそりと話す。
「そうか? いいんじゃねーの、ウェデングドレスで咥えタバコ、カッコイイけど。俺が千代ちゃんの男なら、このドレス着てるの見たら、嬉しいけどね」
 いちいち含みのある発言をする。人の心を読んでるんじゃないかと思うくらいに。
 アタシと矢野クンは似ている、本当に。
「……ウチの部員も、見に来てる?」
「少なくとも、部長はあの扉の向こうにいたな」
 
 見せたいような、見せたくないような。
 誰にって ――― ねえ?


04.01.31

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