少年ロマンス 番外編/2005→2006 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
寝静まった東郷家のベランダで、千代は星を見上げていた。 元日の深夜2時。シンと静まり返った他人の家で、一人タバコを咥えて白い息を吐く。こんな状況に甘んじる性格ではなかったのに、と苦笑が零れた。 クリスマスは、唯人が忙しくて会う時間もなかった。ケーキ屋さんが、一年で一番忙しい時期だから、仕方ない。その分、年末は二人でゆっくり過ごしましょう、と可愛い恋人は約束してくれた。 ( ――― 気を使わせた、かな) 千代はお盆もいつも通り過ごしていた。年末は帰省するんですか、と尋ねられて、首を振った。本当は、少し実家に顔を出そうかと思ったのだけれど、千代に対する親族の視線は未だに鋭く無遠慮で、彼らと向き合うのが怖くなった。 (今までは、全く平気だったのに。やっぱ、人間、守りに入るとダメだね) かじかんだ指で、短くなったタバコを挟んだ。携帯灰皿に放り込んで、キュッと蓋をする。 たとえば、自分が未成年とつきあっていると知ったら、彼らはまた口さがないことを言うだろう。 唯人がどれだけ素直で、魅力的な男かも知らずに。 ――― それを耳にしたとき、自分はきっと、平常心を失う。 二本目のタバコを取り出したとき、千代はかすかな物音に気づいた。振り返る前に、後ろからぎゅっと抱きしめられる。 「あー、気づかれた。びっくりさせようと思ったのに」 耳元で小さく笑う声に、強張っていた体から力が抜けた。 「十分びっくりしたよ、バカ」 憎まれ口をたたくけれど、唇に浮かぶ笑みは隠せなかった。毛布をひきずったまま来たのか、唯人は「うー、寒いッ」と短く叫んで、腕の中の千代をそのままに、毛布にくるまった。 「千代、ほっぺた冷たくなってる。あ、手も! うわー、氷みたいだ。 ――― なんでこんな寒いところにいるんですか、もう」 まだ酔いが醒めていないのか、唯人は猫のように頬擦りしたあと、千代の手をとって、はあ、と息を吹きかけた。あったかくなれー、と呪文のように、歌うように言いながら、千代の手を痛くならないように気をつけて、何度も両手で包んで擦る。その必死の横顔を見ていたら、千代は胸が痛くなった。 とりあえず、いけるところまで二人でいられればいいと、先のことなんて考えずにこうやって二人でいて。 気づいたら、呆れるくらい大事にされて、子供だと思っていた相手の腕にこうして守られて。 その居心地のよさに、とっくに馴染んでしまった自分を自覚したら、ふいに涙が滲みそうになって、慌てて寒さのせいだと言い聞かせた。 くっついていた頬を離した。 気づいた唯人がいぶかしげに千代を見て。 嬉しそうに、タバコの味がするキスを受け止めた。 語り合うには外は寒かったので、二人はそのまま居間のコタツにもぐりこんだ。冷えてしまった手は繋いだままで、毛布の影で顔を寄せて、ひそひそと言葉を交わす。 「本当は、二人でどこかいければよかったんですけど。千代がこっちにいるって知った途端に、姉さんが『ウチで一緒に過ごせばいいのよ!』って言い出して ――― なんか、止められる雰囲気じゃなかったから」 「いいよ、楽しかったし」 去年の今頃、千代はこんな年越しをするなんて思ってもいなかった。 東郷家の家族の中に混じって、男女で紅白歌合戦と格闘技のチャンネル争いをしたり、一緒に年越しそばを作ったり。話しながら熱燗の杯を傾け、香織の子供の杏奈と遊び、唯人と飲み比べをしてあっさり勝利した。 落ち着かない家ですいません、と唯人は苦笑したけれど、千代にしてみれば羨ましい家庭像だった。あまりの健全さに笑いたくなるほど。自分が聖と作りたかったのは、こんな温かい家庭だった ――― 夢を見た期間は瞬きほどの長さだったけれど。 「朝になったら、全員で初詣行くんです。ちょっと仮眠とりましょう」 酔った唯人は、思いのほか強い力で千代を抱き寄せた。こたつに肩まで入って、なんだかそのまま寝てしまいそうになる。座敷に布団を用意していると、確か香織が言っていた。このままこたつで寝てしまうのは、あまりにカッコ悪い気がする。しかも、こんな抱きしめられた状態で。 「唯人、こんなとこで寝たら風邪ひくから」 顔を上げて話しかけても、唯人は日本語になってない返事をするだけだ。 どうにか抜け出そうとしばらくあがいてみたけれど、唯人の腕はがっちりと千代を捕まえていて、逃がしてくれそうにない。規則正しい寝息が耳をくすぐる。 溜息をついて、千代は開き直った。唯人の肩に顔を埋めた。すり、と額を首筋に当てる。 これも全部アルコールのせいだ。唯人が酔っ払ってるせいであって、自分が望んだことではない。 そう自分を納得させて、千代は目を閉じた。唯人のせいか、最近は自分に甘い思考回路ができつつあるな、と頭の片隅で考えながら。 翌朝、唯人は千代に起こされた。 「え……昨日は、どこで寝たんですか?」 自分ひとりしかそこにいなかったことが不満で、唯人は二日酔いの頭を抱えて情けない声を出した。確かに腕に抱いて眠ったはずなのに。 「ちゃんと座敷で寝たよ。誰かさんは、風邪ひくからって言っても、コタツから出てこなかったからね」 首を傾げながら顔を洗いに行った唯人を見送って、千代は香織と顔を見合わせ、静かに笑った。 今朝方、唯人の腕の中で眠っていた千代を起こしてくれたのは、香織なのだ。 他の人に見られたくないでしょう? と余裕の笑顔に起こされて、千代はそのまま香織と朝食の支度をした。気の合う女友達である二人は、時々共犯者でもある。 だが、千代は、まだ香織の本性がわかっていなかった。 後に唯人は、『恋人の腕で眠る、幸せそうな千代の寝顔』の写真を手に入れる為、三日間ほど香織の下僕と化した。 (2005→2006/END) 06.01.06 |