少年ロマンス
番外編/2005→2006

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 テレビから流れてくる新年のカウントダウンを聞きながら、千代は、コタツで寝息をたてている唯人に毛布をかけた。向かい側で、香織も同じように夫の秀忠に毛布を掛けている。
「先につぶれちゃうなんて、だらしない男共ですこと」
 にっこり笑う顔は可愛いけれど、香織は一滴もアルコールを口にしていない。もっぱら注いでいただけだ。子育て真っ最中の母親としては、当然の行動か。
 こたつの上には、空になった鍋とお銚子がいくつか。部屋の隅には、空いたビール瓶が1ダース近く並んでいた。ほとんど、千代と秀忠と、唯人の母が飲んだ。唯人も最初は早いペースで飲んでいたのだが、すぐにふにゃふにゃと話す言葉が頼りなくなって、年越し前に撃沈。酔って甘えて、千代の膝に顔を埋めるようにして眠ってしまった。
 家族の前で、とほろ酔いの千代が焦るのを見て、唯人の母は豪快に笑った。
「この子も、まだまだ子供ねぇ」
 その甘えんぼの子供は、寝言で「千代ぉ」とつぶやいて、うっすら笑いながら寝ている。幸せそうに毛布にくるまる姿を見たら、千代はなんだか、無償に愛しくなった。無防備すぎて、その髪にキスしたくなる。
 唯人の甘え方を馬鹿にできない。アルコールは衝動を加速させる。
 
 0時を過ぎて、千代と香織は二人だけで、『明けましておめでとうございます』と、笑いあった。
 唯人の母は、もう寝てしまった。千代とは初対面だった唯人の父親も、お酒は強くないようで、早々に寝室へ入ってしまった。
「こういうのんびりした年越しも、いいよねぇ」
 そういう香織の笑顔は、唯人とそっくりだった。目元が同じ。大きな茶色の目と、きれいな二重。千代は、その優しい顔立ちが好きだった。香織の淹れてくれたお茶を一口すすって、ぽつりとつぶやく。
「年越しそばを食べたのって、何年ぶりかな……おいしかった」
 ここ数年、クリスマスも年越しも、いつも一人だったから。
 そんな千代の言葉に、香織は少し驚いたようだが、すぐに笑顔を見せた。
「じゃあ、来年もまたこうやって過ごそうよ。ね!」



 寝静まった東郷家のベランダで、千代は星を見上げていた。
 元日の深夜2時。シンと静まり返った他人の家で、一人タバコを咥えて白い息を吐く。こんな状況に甘んじる性格ではなかったのに、と苦笑が零れた。

 クリスマスは、唯人が忙しくて会う時間もなかった。ケーキ屋さんが、一年で一番忙しい時期だから、仕方ない。その分、年末は二人でゆっくり過ごしましょう、と可愛い恋人は約束してくれた。
( ――― 気を使わせた、かな)
 千代はお盆もいつも通り過ごしていた。年末は帰省するんですか、と尋ねられて、首を振った。本当は、少し実家に顔を出そうかと思ったのだけれど、千代に対する親族の視線は未だに鋭く無遠慮で、彼らと向き合うのが怖くなった。
(今までは、全く平気だったのに。やっぱ、人間、守りに入るとダメだね)
 かじかんだ指で、短くなったタバコを挟んだ。携帯灰皿に放り込んで、キュッと蓋をする。
 
 たとえば、自分が未成年とつきあっていると知ったら、彼らはまた口さがないことを言うだろう。
 唯人がどれだけ素直で、魅力的な男かも知らずに。
 ――― それを耳にしたとき、自分はきっと、平常心を失う。
 
 二本目のタバコを取り出したとき、千代はかすかな物音に気づいた。振り返る前に、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
「あー、気づかれた。びっくりさせようと思ったのに」
 耳元で小さく笑う声に、強張っていた体から力が抜けた。
「十分びっくりしたよ、バカ」
 憎まれ口をたたくけれど、唇に浮かぶ笑みは隠せなかった。毛布をひきずったまま来たのか、唯人は「うー、寒いッ」と短く叫んで、腕の中の千代をそのままに、毛布にくるまった。
「千代、ほっぺた冷たくなってる。あ、手も! うわー、氷みたいだ。
 ――― なんでこんな寒いところにいるんですか、もう」
 まだ酔いが醒めていないのか、唯人は猫のように頬擦りしたあと、千代の手をとって、はあ、と息を吹きかけた。あったかくなれー、と呪文のように、歌うように言いながら、千代の手を痛くならないように気をつけて、何度も両手で包んで擦る。その必死の横顔を見ていたら、千代は胸が痛くなった。
 とりあえず、いけるところまで二人でいられればいいと、先のことなんて考えずにこうやって二人でいて。
 気づいたら、呆れるくらい大事にされて、子供だと思っていた相手の腕にこうして守られて。

 その居心地のよさに、とっくに馴染んでしまった自分を自覚したら、ふいに涙が滲みそうになって、慌てて寒さのせいだと言い聞かせた。
 
 くっついていた頬を離した。
 気づいた唯人がいぶかしげに千代を見て。
 嬉しそうに、タバコの味がするキスを受け止めた。



 語り合うには外は寒かったので、二人はそのまま居間のコタツにもぐりこんだ。冷えてしまった手は繋いだままで、毛布の影で顔を寄せて、ひそひそと言葉を交わす。
「本当は、二人でどこかいければよかったんですけど。千代がこっちにいるって知った途端に、姉さんが『ウチで一緒に過ごせばいいのよ!』って言い出して ――― なんか、止められる雰囲気じゃなかったから」
「いいよ、楽しかったし」
 去年の今頃、千代はこんな年越しをするなんて思ってもいなかった。
 東郷家の家族の中に混じって、男女で紅白歌合戦と格闘技のチャンネル争いをしたり、一緒に年越しそばを作ったり。話しながら熱燗の杯を傾け、香織の子供の杏奈と遊び、唯人と飲み比べをしてあっさり勝利した。
 落ち着かない家ですいません、と唯人は苦笑したけれど、千代にしてみれば羨ましい家庭像だった。あまりの健全さに笑いたくなるほど。自分が聖と作りたかったのは、こんな温かい家庭だった ――― 夢を見た期間は瞬きほどの長さだったけれど。

「朝になったら、全員で初詣行くんです。ちょっと仮眠とりましょう」
 酔った唯人は、思いのほか強い力で千代を抱き寄せた。こたつに肩まで入って、なんだかそのまま寝てしまいそうになる。座敷に布団を用意していると、確か香織が言っていた。このままこたつで寝てしまうのは、あまりにカッコ悪い気がする。しかも、こんな抱きしめられた状態で。
「唯人、こんなとこで寝たら風邪ひくから」
 顔を上げて話しかけても、唯人は日本語になってない返事をするだけだ。
 どうにか抜け出そうとしばらくあがいてみたけれど、唯人の腕はがっちりと千代を捕まえていて、逃がしてくれそうにない。規則正しい寝息が耳をくすぐる。
 溜息をついて、千代は開き直った。唯人の肩に顔を埋めた。すり、と額を首筋に当てる。
 これも全部アルコールのせいだ。唯人が酔っ払ってるせいであって、自分が望んだことではない。
 そう自分を納得させて、千代は目を閉じた。唯人のせいか、最近は自分に甘い思考回路ができつつあるな、と頭の片隅で考えながら。



 翌朝、唯人は千代に起こされた。
「え……昨日は、どこで寝たんですか?」
 自分ひとりしかそこにいなかったことが不満で、唯人は二日酔いの頭を抱えて情けない声を出した。確かに腕に抱いて眠ったはずなのに。
「ちゃんと座敷で寝たよ。誰かさんは、風邪ひくからって言っても、コタツから出てこなかったからね」
 首を傾げながら顔を洗いに行った唯人を見送って、千代は香織と顔を見合わせ、静かに笑った。
 
 今朝方、唯人の腕の中で眠っていた千代を起こしてくれたのは、香織なのだ。
 他の人に見られたくないでしょう? と余裕の笑顔に起こされて、千代はそのまま香織と朝食の支度をした。気の合う女友達である二人は、時々共犯者でもある。
 だが、千代は、まだ香織の本性がわかっていなかった。

 後に唯人は、『恋人の腕で眠る、幸せそうな千代の寝顔』の写真を手に入れる為、三日間ほど香織の下僕と化した。  


(2005→2006/END)
06.01.06

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