少年ロマンス
番外編 ☆ Do You Love Me?(3)

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 いつものように暑さで目が覚めたら、もっとクソ暑いことに、人肌がぴたりとくっついていた。暑いというか、暑苦しい。ソファベッドで重なるように寝ている、アタシと唯人のこの状態が。

「起きた?」
 いつもなら『寝顔を見られる』方の唯人が、にこりと笑ってこっちを見ている。
 何が「起きた?」だ。なんで起こさないの。自分も暑いと思っているに違いないのに、寄り添ったまま寝顔を見ているのは、反則だと思う。
「暑い。クーラーいれて」
「……他に何か言うことはないんですか、冷たいなぁ」
「はいはい、おはよう。いいお天気だね」
 ムクれた表情で、唯人はベッドから降りて立ち上がった。昨夜はシャワーを浴びてから眠ったので、お互い下着だけは身につけている。まだ成長途中に見える背中を視線で追う。
 冷たいと言われても、今更、恥じらいながら「おはよう、やだ、恥ずかしいッ」なんてリアクションができるか。想像しただけで悪寒が。
「本当は一緒にごはん食べたかったんですけど、もうそろそろバイトの時間なんです」
 床に脱ぎ捨てたままのTシャツに腕を通して、唯人が言う。
 それなら、もっと早く起こしてくれればよかったのに。そうしたら、もう少し ――― 。
「そっか」
 三角座りをして膝に顎をのせた。
 朝になったら、素直な言葉が出てこない。もう少し側に居てよとか、今度はいつ来るのとか、アタシは明後日休みなんだよ、とか。

 ぼんやり考えていたら、いつの間にか、唯人が近くに膝をついてた。
「 ――― そんな泣きそうなカオしないで。迷惑じゃなかったら、今夜も来ますから」
 千代、と照れるようにつぶやいて、そのままアタシの頬を両手で挟む。
 泣きそう? 誰が? 言う前にキスが声を奪う。今夜も来るから。その言葉が切なさを奪う。一度覚えた唯人の体温は、もう忘れられるはずもない。
「いいけど……唯人、家の人には何て言ってるの? ウチに泊まるとき」
 実は気になっていた。男の子だから、帰りが遅くなっても外泊しても、そんなに厳しくはないだろうけど、唯人のまっすぐな育ち方からして、ちゃんとしているご両親だと思うから。
「え、普通に彼女のトコ行ってくるって」
「は? 正直に全部話してんの!?」
「ええ。千代とつきあってるのも、ウチの家族は知ってますし」
 けろりと発せられた言葉に、頭が真っ白になった。
「アタシとつきあってることまで、どうして……」
 衝撃に言葉が続かない。
 ってことは、アタシが『TOGO』に行くたびに、唯人の家族は『ああ、これがウチの唯人の彼女か』と思いながら見ていたのか。なんだかもう、普通にケーキを食べに行けない、あの店に。
「いや、僕が片想いしてたときから、義兄さんには相手が先生だってバレてたんですよ。卒業式の夜、ここから帰ったときに全部カオに出てたみたいで ――― 義兄さんに聞いたのか、姉さんも知ってたし、たぶん母さんも」
 いつの間に家族公認……ありえない。
「ウチ、そういうのはオープンなんです。心配しなくても大丈夫ですよ」
 にこりと笑いかけられても、こればっかりは曖昧にできない。
「 ――― 今日、午後からお店に行く。そのとき、ちゃんと君の家族にご挨拶させて」
「挨拶って、何て? 僕まだ学生なんで、結婚は少し早いと思うんですけど」
 唯人君を婿に下さい、なんていきなり言うわけないでしょうがッ。飛躍しすぎ。
「おつきあいさせてもらってます、って。それ以外に何て言うのよ。
 昨日、唯人クンは初めてなのに三回もしたんですよー、って言う?」
「……千代は何回、いたッ」
 言葉の途中で思わず頭を叩いてしまった。何言い出すんだ、可愛い顔して!
「なんで先生が言うのはいいのに、僕は言っちゃ駄目なんですか」
「唯人はそういうこと言うタイプじゃないでしょう。あと、また先生って言った、さっきも」
 すいません、と言いながら、唯人は笑っている。反省ゼロ。
「僕が変わったとしたら、千代に感化されたからだと思うけどなぁ」
「人のせいにしない」
 照れ隠しで耳を引っ張った。その肩に顔を埋める。汗ばんだ肌。唯人の匂い。怒った口調で言ったのに甘えているように見えるのは、アタシの気のせいだと思いたい。
 背中に触れる唯人の手に、もう躊躇いはなかった。

「千代だって、僕が卒業してからずいぶん変わったのに。気づいてない?」
 ――― 自分のせいだと、言って欲しいの?
 喜ぶだろうから、言ってやらない。黙っていると、アタシの右肩に、そうっと唇が触れた。日頃無邪気な人間の方が、よっぽど大胆だと思う。
 跡をつける軽い痛みにも、知らないフリをする。所有権を主張したい唯人につきあってあげる。それが少し嬉しいことも、口に出したりしない。唯人に見えないところで、そっと唇に笑みを浮かべるだけ。

「じゃあ、そろそろ本気でタイムミリットだから、行きますね」
 ものの五分で身支度を整えて、唯人は体を屈めてアタシにキスした。
 ベッドに座ったまま見送った。キッチンに続くドア、閉める前に唯人がこっちを見て太陽みたいに笑う。
「行ってきます!」
 ここに帰ってくるよって、そういう意味の挨拶なんだよ、それは。
 帰る場所はここです、あなたのところに戻ってきます、そういう約束の言葉。
「 ――― 行ってらっしゃい」
 玄関の扉が閉まる直前に口にしたアタシの声は、ちゃんと唯人に届いただろうか。

 一人になった部屋で、涼しい風に髪をそよがせながら、挨拶の言葉を考えた。
 唯人クンを私に下さい、なんて言わない。だって、とっくに唯人はアタシのものなんだもの。
 彼が、二の腕の裏側についたキスマークに気づくのはいつだろう。半そで着たら絶対見える位置。バイトに入る前に気づきますように。親に挨拶するとわかっていたらしなかった悪戯だけれど、もう泊まってるのがバレてるなら一緒だね。
 大きな欠伸をひとつして、窓の外を見た。昨日と同じ、真夏の太陽。青空と入道雲。
 世界は変わらず、それでも少し浮かれた気分の今日、窓に映ったアタシは自然に笑顔になっていた。  


(Do You Love Me?/END)
05.08.23

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