少年ロマンス
第1話 ☆ Only You

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 あなたが好きだ
 とても強く、そう思う
 約束を忘れないで すぐ側に居る僕を好きになって
 いつか、恋人と呼べるその日まで



「唯ちゃん、バイバーイ!」

 放課後、部活に向かう僕にむかって、たくさんの声が降ってくる。クラスメイトは言うに及ばず、上級生や下級生の男女問わず、少しでも知ってるヤツは、大抵声を掛けてくる。
 みんなが僕を『唯ちゃん』と呼ぶ。昔からずっとそう。
 まあ、仕方ないかもしれないけどね。
 高校二年になっても、僕の背は伸びてくれない。男友達にはふざけて抱きつかれ、ごく稀に、本気で告白されたりもして。どうにかして欲しいよ、このコンパクトサイズ。
 逆に、女の子からは、同性みたいに扱われるし。昼休みに、ポッキー配られるのなんかザラ。中学の頃、勇気を出して好きな子に告白したら『唯ちゃん、私より可愛いもん。恋愛対象に出来ないよ』と残酷なフラレ方をした。トラウマ。
 どうせ、目がデカいよ。髪だってサラサラだよ。唇だって柔らかくてぷにぷにしてるよ。
 おまけに名前が『 東郷唯人とうごうゆいと 』。いかつい苗字に、可愛い名前。
 ずっと大嫌いだった……自分の外見も名前も。
 
 でも、そんなことはもう気にしないんだ。
 カワイイって言われても、落ち込まなくなった。自分の名前も、好きになったよ。
 あの人が、いい名前だと言ってくれたから。



 僕と彼女が出会ったのは、去年の六月。
 新入生だった僕は、ようやく部活を決めて、入部届を持って昼休みの美術準備室を訪れた。開け放されたドアから中を覗くと、誰もいない。
「すいません、美術部入部希望なんですけど」
 控えめに声を掛けると、隣の美術室から声がした。
「悪いけど、こっちに来てくれるー? 今、手ぇ離せないから」
 硬質な女の人の声。窓も扉も開け放しの美術室に足を踏み入れると、涼しい風が吹きすぎていった。並んだ机の奥に、衝立があって『部外者立ち入り禁止!』と張り紙がしてある。構わずに衝立の向こうに入ると、大きなキャンバスの前に座っていた先生が振り向いた。

 見るからに厳しそうな人だった。
 まっすぐな黒髪をパツンと顎のラインでそろえて、長い前髪は無造作に耳にかけられていた。涼しそうな細い目と、くっきり塗られた口紅が、きりりとして格好よかった。
 右手にパレット、左手の指に直に水彩顔料をつけて絵を描いていた。
「希望は、アナログ? デジタル?」
「とりあえず、アナログです。アクリル絵の具愛用なんで」
 ここの美術部では、CGも勉強できる。僕は最初はアナログにして、二年になったらデジタルの勉強をするつもりだったんだ。まあ、結局二年になってもアナログ選択のままだけど。
 入部届、そこに置いて、と言われて、先生の画材入れの上に置いた。
「東郷 ――― なんて読むの?」
「ゆいと、です」
 俯いて言うと、くすっと小さな笑い声がした。
 いいさ、笑え。どうせ可愛い名前だよ! 
 でも、唇を噛んだ僕に届いた先生の言葉は、予想外のものだった。
「いい名前ね。唯一無二の人って意味でしょう。Only You。ご両親、センスいいね」
 そんな風に言われたのは初めてで、僕は目を見開いて先生を見つめた。
「改めて、アナログ担当の佐々木 千代 ちよ です。よろしく、東郷君」
 にこっと笑った顔は、第一印象と違って優しそうで、僕は一瞬で恋に落ちた。

 まぁ、今となっては、あの笑顔が猫かぶりの賜物だってわかってるんだけど。



 いざ部活に通い始めると、アナログ選択の生徒は、想像以上に少なかった。僕を含めて五人だけ。しかも、男は僕一人! デジタル選択は二十人近いってのに、なんなんだよ、この差。
 佐々木先生は、『村上先生、CGの世界じゃ有名だからねぇ。私だって、こっそりご教授頂いてるくらいだから、習いたい生徒も多いよ』なんて笑ってた。とことんマイペース。
 絵を描いてないときの先生は、タバコは吸うし、生徒ともよく話すし、なぜか女生徒に人気だしで、大雑把な人なんだけど、絵に関してはすごく厳しかった。他の部員とデッサン中に話してたら、『集中できないんなら、描くな』ってスケブ取られたこともある。
 人に言うだけあって、部活中に作品を書き始めると、先生はものすごく入り込む。部員が「さようなら」と挨拶しても、「んー」と生返事をするだけ。一度、黙って残って一緒に絵を描いてたら、警備員が見回りにきた。「東郷、まだ居たの!?」って驚いてたくらいだから、本当に周りが見えなくなるんだろうな。
 危ないと思わない? 先生だって女の人なんだから、人気のない教室に一人っきりで居残って、何かあったらどうするんだよ。
 そう思って、毎日最後まで残るようになった。
 みんなが帰った後も、二人だけで絵を描いて。たまにコーヒー煎れてもらって、話をして(と言っても、絵に関する話ばっかりだったけど)、そうやって先生の側にいる時間が長くなると、もう僕は気持ちを隠せなくなって、夏休みの部活のとき、思い切って先生に気持ちを打ち明けた。

「東郷の気持ちは嬉しいけど、イエスとは言えないよ。わかるだろ?」
 予想通りの返事に、がくんと落ち込んだ。そうだよなぁ。教師と生徒。おまけに10歳の年の差。しかも、僕の背は先生と全く同じの上、この女顔だし。
 でも、僕は引き下がらなかった。先生、気付いてないかもしれないけど、僕と二人きりで話してるときは、口調が全然違うんだ。完全にタメ口。他の部員には、教師っぽいしゃべり方なのに。
「……僕が生徒だからですか?」
「そうだね。アタシは教職好きだから、生徒とそういう関係になる気はない。ルール違反だから」
 ――― じゃあ、生徒じゃなかったら?
「だったら! 僕が卒業したら、彼女になってくれますかッ!?」
 意気込んで言うと、先生は心底呆れたような溜息をついた。これが漫画だったら、椅子から落ちてるんだろうな。
「東郷……卒業まで、あと二年半あるんだよ。気の長い話だな」
「ダメですか?」
 上目づかいに見ると、先生は机の上にあった皮のシガレットケースから、タバコを一本取り出してくわえた。ラッキーストライク。僕にも幸運を!
 
 くわえたフィルター部分に、口紅の赤がつく。妙に色っぽい。
「……それだけ時間あったら、アタシ以外に目もいくよ」
「いきません。もしクラスの女子とかの方がいいなら、ここでこんな告白してない」
 勢いこんで言うと、先生は椅子から立ち上がって、窓際に立った。タバコに火をつけて、ふーっと煙を吐き出す。
「まあ、卒業式に同じこと言ってたら、考えてもいいね」
 先生は皮肉っぽく唇の端を持ち上げて、静かに言った。僕は信じられなくて、思わず先生の側まで駆け寄った。
「本当に!? 先生、約束ですよ、絶対!!」
「ハイハイ。ま、その間にアタシに好きな男が出来たら、潔く諦めてちょうだい」
 そりゃないよ。
「……僕が卒業するまで、待ってくれないんですか?」
「先のことなんてわからないからねぇ。ま、毎日のように顔合わせてんだから、頑張ってアタシのこと夢中にさせてみせなさいよ」
「わかりましたッ。頑張ります!」
 拳を握った僕を、先生は面白そうに見ていた。



 そんなこんなで、僕は佐々木先生に恋人予約(?)をとりつけたワケだけど、一年経った今でも、相変わらず先生は飄々としてて、部活で会うだけの毎日。
 たったひとつ、変わったのは、部活後二人きりになったとき、
「コーヒー飲む? 唯人」
 と名前を呼んでくれるようになったこと。
 二人のときは、よく笑う。大好きだよ、佐々木先生。
 少しは自惚れてもいいかな。まだ生徒だけど、先生、僕のことを好きになってる気がするよ。そんなコト言ったら、またタバコの煙吐きながら、甘い、って一言つぶやくんだろうけど。
 僕はそんなことを考えながら、弾むように一学期最後の部活へと向かった。

03.09.13

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